連載

あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
バックナンバー

その105

高さに惑わされない

前号へ
  次号へ

 前号の試験問題はIT企業が出題したもので、二進法で動くコンピューター業界を目指して面接にくる応募者たちが、少なくともこの二進法で解けるということに気付くかどうか、またそれに気付いて欲しいとの願いも込められた出題でしたが、この二進法の世界に馴染みが少ない一般の皆さんには難しかったかもしれません。

 しかし二進法の原理となっているオン、オフの世界は、デジタルという言葉がごく普通に使われるほど日常的になってきており、コンピューターに端を発したこのオン、オフの原理は、今やCDDVDやゲーム機などのデジタル家電、デジタルカメラやデジタル放送、そしてスマートホンなどの携帯電話を通して、すごく身近になっているものばかりです。
 したがって、一般の皆さんも二進法を特別な世界のこととして避けるのではなく、いろんな機会を捕らえて、親しんでいっていただければと思います。

 さて、本連載を始めることになったのは、アメリカのIT企業やコンサルタント企業の面接試験で、盛んに思考論理パズルが出題されていたことがきっかけでした。
 なぜ面接で論理パズルなのか、疑問に思って調べていくうちに、知識ではなく、応募者の論理思考力や創造力、そして問題解決能力、つまり自らの力でどのように問題を解いていくかその論理的な思考過程がよくわかるから、というものでした。

 その背景となっていたのは、明日、何が飛び出すか、何が起こるかわからない混迷の時代に突入している今日のビジネス界では、すぐに解答がでないような場面、学校では教わらなかったような場面に遭遇することが頻繁に起こり、未知・未経験の世界での問題解決能力、そしてそこでの新たな創造力、いわゆる自ら考える頭脳が必要不可欠になってきているということでした。

 それに拍車をかけているのが、コンピューターでありインターネットだったのです。 つまり記憶力や計算力、そして知識といった分野は、もはや脳よりもパソコンやスマートホン、そしてインターネットのほうが、はるかに優れた能力を発揮し、完璧な代役を務めてくれるようになったからです。

 つまりこれからは、ますます自分の力で考え、自分で問題を解決していく力、未来指向の「自ら考える頭脳」、いわゆる地頭力が要求されるようになり、そこで少しでもその片鱗を短時間に探るためには、面接時における論理思考パズルが適しているという観点から、海の向こうでは、思考過程をみるフェルミ推定問題なども含めて、自社の面接試験に盛んに出題されるようになってきたというわけです。

氷の比率=中の水の比率

 日本でもそれに乗り遅れてはならないと、追随している企業が多くなってきていますが、遂に大学入試でも大変革、大きく舵をきろうとしていることに言及した中教審の記事が、この10月25日の朝日新聞一面トップに掲載されました。

 そこでは、入試に知識量を問う「従来型の学力」を測るテストから、知識を活用し自ら課題を解決できる能力を見る試験に改める方向で、またセンター試験も知識の暗記だけでは解けない「考える力」を見るものに変える方向で記事が掲載されています。
 つまり、知識偏重で1点を争うテストから、知識の活用力や思考力、主体性を評価して面接やプレゼン能力を問い、学力を測る場合は選択式だけでなく、「記述式、論述式」にするとして、「思考力・判断力・表現力」の文字があちこちに出ています。

 さらに海の向こうの面接試験の出題の中には、フェルミ問題だけでなく、自分の斬新なアイデア、考え方を道筋を立てて展開する、いわゆるプレゼンに通じる説得力が試される問題や、難問・難題にねばり強く取り組んでいく気力・行動力を試す問題も多々あります。
 こうして「自ら考える頭脳」作りの一躍を担うことができればと始めた当連載シリーズですが、今後もこのような時代の流れに添う形で、引き続き進めて参ります。

 さて、今号の設問はどうでしょうか。それでは解説に移ります。

問題 設問105    積み重ねると、エンパイアステートビルと同じ高さになる1セント硬貨を、もしもあなたが与えられたとしたら、はたしてあなたは、それらすべての硬貨を普通の1つの部屋に入れることができるだろうか?

氷の比率=中の水の比率

 この設問を見た途端、これまでの問題と少し違うと感じられた皆さんも多かったのではないでしょうか。一読して、単純ストレートな問題という印象を受けます。
 というのも、論理的に突き詰めていくような問題でもなければ、かといってフェルミ問題でもなく、また複雑な仕掛けを解きほぐしていく問題でもないようで、これまで多くの設問で体験してきた「まずは正解への突破口、糸口、手がかりを見つけ出すこと」という最初のステップを踏む必要がないようにみえるからです。

 しかしこれがグーグル社の出題と知った途端、単純な問題とは考えにくくなるのではないでしょうか。
 そう考えて、再度設問を精読してみても、肝心の部屋の大きさなどはまったく回答者任せの曖昧そのものであり、一見、フェルミ問題かと思わせますが、コインの数や何かの量を推定させる問題にもなっていません。設問は「できるか、できないか」を問うているだけです。
 ここで「部屋の大きさによるでしょう」と面接官に質問する応募者は、即座にアウトです。理由は以下でわかります。

 問題はストレート。そして要求されているのは「できるか、できないか」の解答です。そう考えると、どうやら出題者側の意図が見えてきます。
 つまり、応募者がこの設問をどう解釈し、いかに早く論理的な説明ができるか、すなわちその背景を素早く理解し、そのスピードと分かり易い説明の仕方を求めているのではないかということです。

 では解説に移ります。
 まず問題を見た瞬間、直感的に超高層ビルの高さまで積み上がった膨大な量のコインを想像してしまいがちだということです。
 そうすると、相当大きな部屋であっても、それらコインでいっぱいに詰まってしまうのではないか、という思いにつながっていきます。
 しかし冷静になって考えるとどうでしょうか。

氷の比率=中の水の比率

 問題として考えなければならないのは、コインが積み上がった円柱の体積と一般の部屋の体積なのですが、しかし実際には、コインの大きさすなわちその面積と、ビルの高さに関係する階数だけを考慮すればいいということになるのです。
 なぜなら、ビルの中のオフィスにしろ、普通一般の部屋にしろ、床から天井までの高さというものは、そんなに大きな差がないからで、したがってビルの1階ごとに積まれた円柱を、ビルの階数だけ一般の部屋に並べていくことを考えればいい、ということになるからです。

 そこでビルの階数だけ、コインの円柱をその部屋の床に並べていったとします。例えば10階建ビルで円柱なら10列、100階建で10x10列、200階建で10x20列、300階建でも15x20列です。
 また、並べられた円柱の底面積は、コインの直径で決まります。1セント硬貨の直径は20mm足らずです。

 出題がグーグル社であることから、アメリカ本国の応募者などは自国の貨幣の大きさなどは簡単に見当がつきます。また外国の貨幣の大きさなどはわからないという日本の皆さんであっても、1セントはアメリカで最少単位の貨幣であるくらいは見当がつき、日本の1円と同じくらいではないかと想像できるのではないでしょうか。

氷の比率=中の水の比率

 実際に、1円は20mm、1セントは19mmですから、たとえ200階ビルの円柱が占める床面積(隙間を取らない四角形として10x20x19x19=72200mm²)でも、A4サイズの面積(210mm×297mm=62370mm²)ほどにしかならないのです。
 だから1万階建ビルの場合(100x100x19x19=3610000mm²)でも、2メートル四方(2000x2000=4000000mm²)で十分収まってしまうことがわかります。
 この計算で、てっぺんの部屋のないところや避雷針部分、さらに各階と階の間にある梁の部分を考慮してはいないではないかと主張される方でも、それはもはや誤差の範囲でしかないことがわかると思います。

 102階建のエンパイア・ステート・ビルディングが竣工した1931年という正確な年代を知らない人でも、かなり古い建物であることは感覚的にわかることで、したがって建設技術も今日とは格段に劣っていた時代に、1セントコインで一般の部屋を埋め尽くすほどの高層ビルは、とても建てられなかったことがわかります。


 その昔、摩天楼といわれたエンパイア・ステート・ビルの話が出てきたところで、今日の超高層建物にはどんなものがあるかは、画像のとおりです。  
氷の比率=中の水の比率
氷の比率=中の水の比率
 今後、この828mのブルジュハリファより高い建造物が予定されているものには、1,001mのハイパービルディングがクウェートで、1,022mのムルジャンタワーがバーレーンで、1,400mのナキールタワーがドバイで、1,600mのキングダムタワーがサウジアラビアで、さらに驚くべき高さ2,400mのシティタワーがドバイで、などがあります。2400mのビルとは、ちょっと想像できません。

 この設問の背景は、肝心の部屋の大きさが示されていないのには、何か理由があるといかに早く気づくかどうか、だから部屋の大きさの問題でもなく、またコインの膨大な量の問題でもなく、ビルの階数とコインの面積の問題だとして冷静に対処し、結果、スピード解答のできる資質の持ち主かどうかを見ようとしているものです。

 それでは設問105の解答です。


正解 正解105  十分収納できる。なぜなら、床から天井までの高さはオフィスでも普通一般の部屋でもそんなに差はなく、したがってコインを積み上げたビルの階数とコインの大きさ(面積)で解答が決まる。つまり最小単位の1セントコインは直径20mmくらいだとすると、たとえ1万階のオフィスに積み上げた円筒状のコインを並べたとしても、100列x100列で2m四方にしかならず、古くに建てられたエンパイア・ステート・ビルの階数はこれよりはるかに少ないはずだから、充分普通の部屋に収めることができる。

 では、その出題背景を考えながら次の設問を考えてみてください。


問題 設問106  ある国の暴君が、3人の死刑囚に2枚の黒いシールと、3枚の赤いシールを見せ、「この中の3枚のシールをお前たちの額に貼るが、自分のシールが赤だと確信したらここから逃げ出してもよい。しかし、黒いシールだったらその場で射殺する。もちろん話したり、合図しても射殺する」と告げました。そして彼らには見えないようにして、3人の額に赤いシールを貼り、2枚の黒いシールはそのまま隠してしまいました。互いに他の2人の額は見えますが、自分の額は見えません。3人はしばらく考えていましたが、やがて一斉に逃げ出しました。では、この3人はどうやって自分のシールが赤だとわかったのでしょうか。

前号へ   次号へ


 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

出版

連載

新聞、雑誌インタビュー 多数

※この連載記事の著作権は、執筆者および株式会社あーぷに帰属しています。無断転載コピーはおやめください

Page top