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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その119

数学のセンスを試す

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 大学入試が「思考力・判断力・表現力」を見る「記述式、論述式」に大きく舵を変えていこうとしている旨の内容を本シリーズの「その105」と「その106」に、そして前号の「その118」では、新しく大学入試センター試験に代わる「大学入学希望者学力評価テスト」として、多様な見方や考え方、いわゆる「考えるプロセス」を見ようとする文科省発表の例題を掲載しました。

そして今度はその連鎖反応として、遂に中学入試にまで及んできたことが、2016年1月30日付け朝日新聞の第一面記事を見るとわかります。
「詰め込んだ知識を時間内に答案に書くだけが学力とは言えない。中高6年間で伸びる生徒は、中学入試で必ずしも高成績だったわけではない。発想力や表現力など、偏差値という物差しでは測れない力や、面接できちんと話せる表現力もみたい。自ら課題を見つけて解決策を探る多様な生徒が集まることで学びが活性化 することも期待している」という学校側の意向と、「新たな大学入試に対応できる力を、中学段階からつけさせたい」という保護者側の意向が載っています。

 「この材料を使って与えられたテーマの作品を完成させ、150字程度の解説も書きなさい」という、テーマをどうとらえどう思考しながら仕上げたのかを見ようとする、名づけて「思考力ものづくりテスト」の例や、ここに掲載の記事「ユニークな中学入試問題」の例にも見られるように、考える力をベースにした「思考力・判断力・表現力」を記述式、論述式で見ようというものです。

 前号では、「考えるプロセス」や「考える力」を多く見ることができるという格好の問題として、幼稚園児を対象にした暁星小学校の入試の例題を紹介しましたが、アメリカの例のように日本の教育界も大きく変わろうとしています。

 アメリカの大学で学んだ経験のあるソフトバンクの孫正義氏も、以前からこんなことを主張していました。

 「教育というものの果たす役割はものすごく大きいと思います。日本は丸暗記を中心とした教育じゃないですか。7割くらいが暗記重視で、3割くらいが思考のほうですよね。僕はそのバランスをちょうど逆にすべきではないかと思います。

暗記というのはよそがやっていることをまねすることだという意味で、先進国に追いついていくためには、まねすることだけでいいというのが、高度成長期の手前からの状況でした。

 しかし、ある程度日本の社会が成熟してきたら、まねすることではなくて生み出すこと、ビジネスモデルをあたらしく作るなり、テクノロジーを新しく発明するなど、生み出すほうに行かないと、先進国としてのポジションは保てないわけです。

 僕は16歳でアメリカへ行きましたが、アメリカの学校教育は思考重視で考えさせるのです。
 だから学校の授業の中で、試験のときだって辞書とか教科書も全部持ち込み自由です。だから暗記で解けるような問題じゃないんですよ。
 したがって、考えて解くという形だから、アメリカは依然として創造性がどんどん活性化されていると思うのです」
と。

 この連載「あなたはビル・ゲイツの試験に受かるか?」を始めたきっかけとなったのは、アメリカ企業の面接試験に「考えるプロセスを見るフェルミ推定力や論理思考力、柔軟な発想力や判断力、創意工夫力や正解がない問題にもそれ相応に納得できるような説得力、その他、忍耐力や実行力なども見るといった、あらゆる角度や視点からの多岐に亘る問題」が頻繁に出題されていたことに起因するものですが、日本の企業もそれに影響され、それが大学入試に、そしてさらに低学年の入試へと影響を与え、今や日本教育界の変革へと進んできたというのが現実のようです。
 アメリカ企業におけるこのような出題の背景の1つには「自ら考える力を持って行動のできる人材の発掘」がありました。

 日本には、もともとそのものが持つ特有の、あるいはオリジナルという意味を含めた「地鶏、地魚、地酒、地米、地声、地金、地肌、地毛、地顔、地場、地力、地の色、地唄」など、「地」の付く言葉が多くありますが、一般的にはなっていなかったにせよ、日本のコンサルタント業界では、「オリジナルな素頭」という意味で「地頭(じあたま)」という言葉が使われていました。
この素のオリジナルの頭で考える力、そこから「地頭力」という言葉が、一般に使われ始めたのが2008年ころです。

 たまたまそのころにこの連載が目に止まったようで、NHKの「クローズアップ現代」番組や日経BP社などから取材を受けましたが、まだそのころには「地頭力とは」というはっきりとした定義はなかったものの、その背景にある独自のオリジナルな素頭で考える力、もともとそのものに備わっている能力という意味から、今では「独自の素頭で考え、先を見すえて英知を考え出せる力や発想力、未知・未体験の世界で問題を解決する力」として普遍的に使われるようになってきています。

 日進月歩のコンピューターやスマートホン、インターネットやセンサーの発達が、記憶力や計算力、そして知識や感知・知見といった分野で、脳よりもはるかに優れた代役を務めてくれるようになった今日、今や残された脳の働きの中で最も期待されるのが、この「自ら考えて創造性を発揮し、未知・未体験の世界で問題を解決していく力」としての地頭力というわけです。

 明日何が起こるか、どんな苦難がふりかかるか一層わからなくなってきている今日、逆境や窮地、そして多種多様な難題を克服しながら偉大な功績を残していっている先人たちの数々の事例を見ながら、どうしたら地頭力を発揮して問題を解決していけるのか、またアメリカ企業のこのような問題の出題が、なぜ面接の場なのかなど、ちょうどいい機会なので、そのさわりの部分としてNTT公開の地頭力講座で使っているスライドの一部をここに載せておきます。

 孫正義氏が言っているように、教育のあり方は日本の行く末に非常に重要な位置を占めることから、前置きとして少々スペースを取りました。

 それでは、今号の設問に入ります。
 

問題 設問119    あなたと友人の2人でコイン投げゲームを始めます。まずあなたがコインを投げ、表が出たらあなたの勝ちとなり、ゲームはそこで終了します。もしも裏が出たら、今度は友人がコインを投げます。そこで表が出たら友人の勝ちとなり、ゲームは終了します。このようにして、表が出たらゲームは終了し、裏が出たら投げ手を交代するという形でゲームを進めるとき、あなたが勝つ確率はどれくらいになるでしょうか。ただし、コインの表と裏の出る確率は、それぞれ50%とします。

 どうでしょうか。設問を見た瞬間、そんなのわかるわけがない、と戸惑った皆さんもあったかもしれません。
 というのも、「この両者の間で、コインの裏が永遠に出続くことだってあるわけだから、どうして確率などわかるのか」という観点からの戸惑いです。

 しかし、この永遠に続くことも起こり得るということが、実は解法の糸口を与え、また正解へと導く重要な手がかりを与えてくれることになるのです。
以下の説明を見ていく中で、それがわかってきます。

 まずは糸口。典型的な問題分野とその手がかりや糸口、あるいはその突破口となる対処法をまとめた本シリーズの「その73」を再び参照し、その中のどの項目に該当しそうか当たりをつけてみますと、永遠に続くかもしれないという観点から、この設問は「複雑に見える問題、数量が多い問題、読んだだけで気後れしてしまう問題、思考が発散してしまいそうな問題、長々とした文章の問題」の中の「数量の多い問題」に該当します。

 さらにその中の具体的な対処法を見ますと、「小さな数字や量で単純化、シンプル化してやってみる」が該当しそうなので、この方法で最初の少ない量を手始めにやってみることにします。
 つまり、コインの表と裏が出る確率がそれぞれ50%として、あなたが1回目で勝つ確率、2回目で勝つ確率、3回目で勝つ確率です。

1回目に勝つ確率は1/2。
2回目に勝つ確率は、
 1回目のあなた:裏(1/2)→1回目の友人:裏(1/2)→2回目のあなた:表(1/2)
 のケースのときで、その確率は 1/2 x 1/2 x 1/2。
3回目に勝つ確率は、
 1回目のあなた:裏(1/2)→1回目の友人:裏(1/2)→2回目のあなた:裏(1/2) 
 →2回目の友人:裏(1/2)→3回目のあなた:表(1/2)のケースで、その確率 
 は 1/2 x 1/2 x 1/2 x 1/2 x 1/2。

 つまりあなたが3回までに勝つ確率を出してみると、それはこれら各々の確率の合計ですから、
 (1/2)+(1/2 x 1/2 x 1/2)+(1/2 x 1/2 x 1/2 x 1/2 x 1/2)=21/32
となります。ここですでに正解に近い数値になっていることが、後ほどわかります。
 4回目以降も同様にしてやっていけばいいわけですが、まずは最初の少ない量でやってみてわかること、それは規則性です。

 以前にもお断りしましたが、この連載の愛読者として低学年者も学んでいるということのようなので、そのためできるだけ丁寧な形で説明するよう努めており、ここで皆さんの中には少々まどろっこしいと思われる方もおられるかもしれませんが、少々のご理解のほどお願いいたします。

 この勝負で、さらにどんどん先に進む状況というのは、あなた:裏(1/2)で、次に友人も裏(1/2)のパターンが続くということです。
 つまりあなたが勝つのは、この1/2 x 1/2 = 1/4の繰り返しのあとで、あなたに表が出るという1/2を掛けたもので、したがってあなたが勝つまでのそれぞれの回には、この1/4のべき乗に1/2を掛けた規則性のある数列ができるということです。

 つまりあなたが勝つ確率は、この数列の和になりますから、n回目であなたが勝つ確率をA(n)とすると、
 A(n)=1/2+1/2x(1/4)+1/2x(1/4)2+1/2x(1/4)3+ ・・・ +1/2x(1/4)n-1 ・・・(1)
になります。

 この式で、1/2=a、1/4=bと置き換えして表現すれば、
 A(n)=a+ab+ab2+ab3+ ・・・ +abn-1 ・・・(2)のような一般式となり、その規則性がはっきりとわかります。
これは、初項がa、公比がbという等比数列項目の和で、これは高校数学で学ぶものですが、そのようなことを知らなくても解けます。

 そこで、n回目であなたが勝つ確率を求めるには、式(1)のnに具体的な数値を入れれば計算できますが、設問にはnの数値などはありません。
 ここで前述したこと、「永遠に続くことも起こり得るということ、それが正解へと導く重要な手がかりを与えてくれる」が、或ることを示唆してくれます。
 つまり、A(n)のnを∞にすると、ある数値に限りなく近づいていくのではないかということです。

 実際に式(1)でnを∞にしても計算が複雑になるだけですが、置き換えの式(2)を工夫して使うと、その導き方がわかってきます。
 つまり式(2)の左右にbをかけると、
 bA(n)=ab+ab2+ab3+ ・・・ +abn ・・・(3) 
です。
 そして式(2)から式(3)を引けば、
 A(n) - bA(n) = a - abn で、結果、A(n)=a(1-bn)/(1-b) となり、
ここで具体的な数値a=1/2、b=1/4を代入すれば、
 A(n)=1/2{1-(1/4)n}/(1-1/4) 。
そして nを∞にすればいいわけですが、そこでは(1/4)n → 0になっていくので、結局、 
 A(∞)=2/3という数値が導かれます。

 当設問の背景は、永遠に続くこともあるこの設問に対してお手上げすることなく、だからこそ解答はある数値に近づいていく(敢えて専門用語を使えば収斂する)のではないかと、いかに早く気づくか、またさらにその解法のスマートはどうか、そこに数学の感性とスピードを見ようとしているものです。

 それでは設問119の解答です。

正解

正解119

2/3。(解き方の説明を求められれば、求める確率は式(1)のような規則性のある数列の和になることを述べ、そのnを∞にすればいいことから、式(2)と式(3)を使った結果を示せばよい)

 
 では、考えるプロセスということから、次の問題をやってみてください。


問題 設問120  社会主義国家のある都市では、タクシーの色が青色と濃い緑色の2色だけに規制統一されていて、その総台数の10%が青色で、90%が濃い緑色の車体である。あるときこの都市でタクシーによるひき逃げ事件が発生した。幸い1人の目撃者Aがいて、犯人のタクシーは青色だと証言した。そこでその証言がどのくらい正確かを確かめるために、事故のときと同じような状況を再現し、Aの識別能力をテストしたところ、85%の確率で正解できるが15%の確率で間違えることが分かった。証言通り、青色のタクシーが犯人である確率はいくらか?

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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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