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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その27:微積分はいらない
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 この欄でご覧いただいているビル・ゲイツの試験問題は、あくまでも面接の場で出されたものであり、筆記試験の場との大きな違いは、質疑応答ができるかできないか、ということです。
 面接の場では質疑応答ができるため、応募者の質問内容や着眼点などを通して、彼らの考え方や資質がストレートによく出てきます。それ故に、まさにそこのところも考慮して出される設問もよくあるわけです。

 前号の設問26もまさにこの意図が含まれていて、あいまいな部分が残されている設問でした。主役のアリが人間のような頭脳を持っていればまた話は違ってきますが、それでもアリ同士がお互いにぶつかりそうになったら、その前に向きを変えるというような偶然の行動までを考えた場合、そんな状況下で、ぶつからない確立の計算などはとてもできません。
 したがって出題者側はその場で、応募者が設問のあいまいさに気づいてくれることを期待していると同時に、面接官への質疑をとおして、あいまいな、あるいは不完全な出題内容を正した後で、最終的に解答を引き出してくれることを願っているわけです。

 前問では、皆さんとこのようなやりとりができないため、あらかじめそのあいまいさを取り除いた形に設問を変えて出しました。
 ですから最初にその設問を見たとき、“何だ、こんなの簡単ではないか・・・、ウン? いや、こんな易しい設問をビル・ゲイツが出すだろうか、あの設問1の水位の問題みたいに、・・・ならば・・・という解答や、または設問3の出発点に戻る問題のように、他にもきっと解答があるはずだ・・・”などと、あれやこれや一生懸命に知恵を絞りながら考えた方も多かったかもしれません。しかし、実情はそういうことでした。

 それでは、今号の解説に入ります。


問題 設問27

犬が4匹いて、それぞれ正方形の頂点、4つの角にいます。それぞれの犬は時計回りに隣の犬を同じ速さで追いかけます。必ず時計回りの隣の犬にまっすぐ向かうように、走る向きを調整しながら走っています。それぞれが隣の犬に追いつくのにかかる時間はどれだけか。また、そうなる位置はどこか。


図1

 説明の便宜上、犬に番号を着け、時計回りに1番から4番とし(図1)、犬1は犬2を、犬2は犬3を・・という具合に追いかけるとします。
  ここで単に隣の犬に向かって同じ速さで追いかけるという内容になっていれば、正方形という言葉に気を取られて、その辺に沿って追いかけることを考えてしまいます。そうだとしたら、それぞれの犬は永遠に追いつくことはできないことになり、質疑応答にまでも至らない、まことに単純きわまりない問題になってしまいます。自分の読解不足に気づかずに、この設問は不完全ではないか、といったような質問をすることになれば、一発で不合格の烙印を押されることになります。

 そこで設問内容をよく見れば「隣の犬にまっすぐ向かうように、走る向きを調整しながら」と、太字部にあるような説明がついています。この解説文のおかげで、正方形の辺に沿って走るのではないことに気づきます。これはどういうことか。つまり、動いている対象にまっすぐ向かうということはどういうことか、そんなことはわかっている、という皆さんも多いとは思いますが、そこのところをしっかり理解することによって、自ずと正解に近づいていくことにもなりますので、少し詳しい解説を試みます。

 まず、それぞれの犬の体に小型のレーザー光線装置をしっかり取り付たと仮定してみてください。レーザー光線はどこまでも強い光で直進しますから、相手に対して自分がまっすぐ向っているかかどうか、明確にわかります。したがってその向きを調整しながら、正確にまっすぐ相手を目がけて走ることができます。

図2

 では、犬1を基準にして考えてみます。自分を追いかけてくる犬4が、常に自分を目がけてまっすぐ向かってくるというこの状況を図にしてみれば図2のようにな形になり、犬4のレーザー光線が自分の進む方向とは直角になっているということです。そして、常にまっすぐということは、この直角が常に保たれるということです。
 このことを別の表現で言えば、たとえ自分は動いていても、自分から犬4を見れば、常に犬4は自分を目掛けて一直線に向かってくるということです。ここが重要なポイントです。

まず、常に直角を保ちながら、ということを頭に描いて、犬が四隅にいた状態から少し時間が経ったときを考えてみます。このとき、すべての犬は少し移動しており、またお互いに少し近づいていて、さらにそれぞれが追いかける犬を追尾するために、向きも少し変わっています。しかし前述のように、この4匹の犬は依然として図3のように正方形の状態を保っているというわけです。
 したがってどんなに時間が進んだとしても、いかなる瞬間においてもこの直角は崩れず、正方形が保たれた状態が続くことになります(図4)。

図3 図4

 もうおわかりのように、互いの犬がまっすぐ隣の犬を目がけてどんどん追いかけるということは、この正方形の形が図のように回りながらどんどん小さくなっていき、最終的に正方形の中心に向かって収斂していくということです。つまり、互いの犬が追いつく位置は最初の正方形の中心点ということになります(図5)。

図5

 この設問を一番最初に見たとき、互いの犬が追いつく位置は正方形の中心になりそうだということが感覚的にはわかったとしても、それは確かに正しい答えですが、それではたまたまということにもなり、面接の場では正方形の収斂先という、きっちりとした説明がなされないかぎり、減点の対象になります。

 さて、位置に関する問題は、一応このように解答できますが、次に「いつ、追いつくか」という時間への解答はどうでしょうか。
 追いつくのが正方形の中心点だとしたら、まず、走った中心点までの距離を出し、それを犬の走るスピードで割ることによって、初めて求める時間が出てきます。
 ところがこの距離の基準となる最初の正方形の大きさについても、また同じ速度で走る犬の速度についても、具体的な数値は示されていません。実際、これらの数値が示されていないかぎり、どんなに頑張っても「いつ、追いつくか」という時間は出てこないわけです。そこで不完全な設問ということで面接官に質問をすればいいわけですが、ここでは一般化した符号を使って、最初の正方形の一遍の長さをLメートル、犬の走る一定速度を時速Vメートルだとして先に進みます。

 ところでその正方形の大きさがわかったとしても、今度は犬の走った中心点までの距離をどうやって出すか、です。図5に示されるように、犬の走る軌跡は螺旋状になって中心点に向かい、その距離、つまり長さを出すには微積分の世界に入ってしまうことになります。
 ここで、ビル・ゲイツが微積分を使うような問題をはたして面接の場で出すのだろうか、という疑問が出てこないようだと合格点はおぼつかないことになります。

 そこで、前述の「ここが重要なポイントです」と述べたところを思い出してください。たとえ自分は動いていても、自分から犬4を見れば、常に犬4は自分を目掛けて一直線に向かっている、という部分です。
 つまり、犬4は犬1に向かって一直線にやってくるということですから、あとは犬4と犬1が最初どれだけ離れていたかがわかれば、犬1が追いつかれる時間は簡単に計算できるということになります。つまりLをVで割ったものが、追いつかれる時間ということになり、微積分などを使う必要はまったくないわけです。

 マイクロソフト社の面接にまでこぎつけた応募者ならば、数学や物理などを得意とする理論的な思考派が多く、彼らはこのような問題が出されると難しく考えてしまい、すぐに微積分で解こうとする傾向などがあるようですが、この出題背景はケーキカットの設問19でも見ていただいたように、先入観に邪魔されたり専門知識におぼれることなく、白紙に戻って考えることを忘れてはいけない、というものです。

 では、正解です。


正解 正解27

隣の犬はまっすぐ一直線に自分に向かってくるということから、最初互いに離れていた距離をLメートル、また犬の速度を時速Vメートルとすると、追いつく時間はL/V時間。また、それぞれの犬は正方形を保ったまま走ることになり、追いつく位置はその収斂先で、最初の正方形の中心点。


 それでは、次の設問を考えてみてください。

問題 設問28

西海岸のサンフランシスコから東海岸のニューヨ-ク行きの列車が、時速15kmの一定の速度で出発します。同時にニューヨークからサンフランシスコ行きの列車が、同じ路線を時速20kmで出発します。さらにサンフランシスコからニューヨ-ク行きの列車が出発したと同時に、サンフランシスコ駅から鳥が時速25kmの一定速度で同じ路線の上をニューヨ-クに向け飛び立ちます。途中ニューヨ-ク発の列車に出会うと、直ちに方向を反転し一定速度を保ったままサンフランシスコ発の列車に出会うまで移動して、そこでまた向きを反転します。以下同様に、双方の列車が出会う瞬間まで鳥は行ったり来たりの行動を繰り返します。鳥の反転の時間はゼロとして、鳥はどれだけの距離を移動することになるでしょう。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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