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その8 見事な商才と説得術はどこから

 250個の発明案の中から、1つ選んだのが多国語間音声翻訳機でしたが、何の技術的知識も持ち合わせていなかった孫青年は、持ち前の説得力を発揮して各分野の専門家を集め、見事なチームワークで試作品を完成、遂に、その売り込みにまで成功しました。

 そしてバークレー校の生徒だった青年は、売り込み先のシャープに完成品を納入するまでの間、何度かアメリカと日本を行き来することになります。
 ここで驚くことは、この日本での滞在時間をも無駄にしないで、別の商機をも捉えてしまうという、これまた凄い商才を発揮します。
次は、その孫氏が語るタイムラグ経営です。
【 シャープとの契約後、日本とアメリカの間を行き来することが多くなったわけですが、当初の頃、日本ではどこの喫茶店にも、インベーダーゲーム機が何台も置いてあるくらい大ブームを呼んでいました。
 当時、日本で生まれたこのゲームは、アメリカではまだゆるやかな上り坂でした。この日本でのブームを見て、以前のボウリングと同じ現象が起きるのではないかとの思いが、私の脳裏をかすめたのです。

 その頃、私の実家は手広く事業を手がけ、遊技場チェーンなども経営していたので、市場に応えていくゲーム機の移り変わりにも敏感でした。
 あまりに早くいっきに爆発した人気は、熱狂的な流行の常として、かえって冷めるのも早い。だから、いずれ近い内に同じような道を辿るのではないかと思ったのです。
 また、大学で培っていたソフトの知識からすると、それらの機種用に新しいゲームソフトを開発するのはそう簡単ではないと思っていましたので、もしブームが去れば、その機械はただの箱として、売ろうにも二束三文になるはずだと踏んだのです。

 当時この機械は、日本で約80~90万円、アメリカで約50万円していました。だからブームが去ったあとの日本で、ただ同然になってしまうこの機械を、これからブームになるアメリカに送ればたいへんな差益が出ると考えたのです。いわゆるタイムラグ経営です。

 それから数ヶ月、案の定、日本での熱が冷め始めました。そして生産過剰の機械が、倉庫に山積になっていくという話がドッと伝わってきはじめたのです。
 そこで私はすぐ日本に飛び、その製造会社や多くのゲーム機を設置していたボーリング場などを訪ね、“倉庫に眠っている機械を買いたい”と、交渉を始めました。

 “いくらで買うつもりなんや?”
 “1台5万円でどうでしょうか”
 “あほか、みんな1台90万円前後するものばかりやで”
 “でも倉庫に寝せておくと、高く売れるのでしょうか? 逆に倉庫代などの費用ばかりが
 かさばっていく、そのうち廃棄処分の費用まで心配になってくるのでは?”
 “ウ~ン、で・・・いったい何台欲しいんや?”
 “取りあえず、20台買います。ただし、代金はその機械で儲けが出たときに払います”
 “・・・・・”

 先方はあっけにとられていました。しかしそれでも行く末を案じてか、最後はOKです。その20台は航空便で送りました。送料は1台7万円。しかし着くのは1日。船便だと安いものの、2ヶ月もかかる。
 1台当たり1ヶ月20万円以上稼ぐと踏んだ私は、この2ヶ月の時間差ははるかに大きいと考えたからです 】と。

 いかがですか。たいていならば、「今、日本ではインベーダーゲーム熱がすごい。それほど皆を夢中にさせるゲームなんだ」くらいにしか受け止めないというのが普通だと思いますが、青年は間髪を入れず、そこに時間差による商機を見い出しています。
 しかも大学で学んでいるプログラミング技術から、そのマシン用に新しいソフトを開発することは、そう簡単にはできないはずだとして、ブームが去れば、ただの箱になってしまうことまで見抜いています。

 さらにジャストインタイム、つまり物には売れ時というものが必ずあり、その導入タイミングによっては売上げが大きく左右されることまで考慮し、安い船便での遅れによる機会損失よりも、その差額は充分にカバーされるとして、高い航空便での輸送を選択しています。
 ここに学生にして、すでに経営者としての素質が覗いています。
 その上、アメリカで次のようなゲーム機の販売、設置の売り込みに見せる、論理的に裏付けられたその交渉術も見事です。
 このやり取りで、孫青年の言っていることに、誰も反論できないことがよくわかると思います。

 【 アメリカに戻り、さっそく日ごとに食事するレストランを変え、その店長とゲーム機設置の交渉を始めました。
“このゲーム機は、これからじゃんじゃん稼ぐはずです。機械の設置は無料、その上、収入の40%をおたくにあげます。残り60%だけ、こちらにいただければいいです”と。

 たいていのレストランは置いてくれましたが、それでも、音がうるさいことを理由に断わる店長がいます。
 そんなときは、すかさず、“たしかにおたくも高級だけど、すでに設置しているこの近くのレストラン「ビクトリアステーション」も高級です。少しの音でも気になるなら、待合室に置かれてはどうですか。店に1ドルでも儲けになることは、やるべきです”と言うと、最後には同意してくれました。こうして日本から合計350台ものゲーム機をアメリカに送りました 】と。

 このように売込みも、ただ単に相手先を直接、突然に訪問するのではなく、レストランで食事をする機会を利用して、そのレストランを日ごとに変えて交渉するという、より相手が自然に受け止める心理状態までをも読み込んだ販売戦略を取っています。
 こうしてゲームマシン設置個所を急激に広げながら、次々とマシンをアメリカに送り込みます。結果、本来なら合計3億円以上もしたマシンを、代金はそのマシンで儲けが出たあとに支払うというゼロ円仕入れで、わずか半年間で裕に1億円を超える利益をあげるのです。
 これは売上額ではなく、青年の手に入れた利益が1億円以上ということです。

 ここですでに出ている数字を使い、ちょっとその計算をしてみようと思います。前の連載シリーズ「あなたは、ビル・ゲイツの試験に受かるか?」にしばしば登場していたフェルミ推定のやり方で、それを試してみます。
 まずは仕入れと輸送費。わかっている数字として6ヶ月で350台、仕入れが5万円/台、輸送費が空輸で7万円/1台ですから、
 機械の仕入れ
 350×5=1750万円
 輸送費
 350×7=2450万円
 次にアメリカで、販売費を仮に10万円/日、 6ヶ月の半分3ヶ月を販売促進にまるまる使ったと推定して90日とすると、
 販売経費
 10×90=900万円
 売上は 20万円/台・月と仮定して
 350 台の6ヶ月なので、
 売上げ合計
 350x20x6=42000万円
 売上のこちらサイドの取り分は60%なので、
 収入
 42000×0.6=25200万円
 収入から経費を引くと 25200-1750-2450-900=20100万円
 さらに、アメリカの当時の法人税35%をそこから差し引いて、
 青年の純利益 13065円・・・1億円以上

 時間差を利用した6ヶ月ばかりで、1億円以上の利益! すごいですね。青年は、さらにこのあと収益金の一部を使い、目をつけていた大学近くの一番大きなゲームセンターを買い取る行動に出ます。

 20歳にも満たない若者が、突然やって来て“センターごと買いたい”と言ったら、どんな店長といえどもそんな話などに乗ってくることはないでしょう。
 事実、相手にされなかったこの若者は、それは資金力のせいだろうとして、その翌日、話に出ていた2000万円を現金で持参、相手が驚く間もなく、そこを買い取ってしまうのです。
 ここに、のちのビジネスでしばしば見られる<肝心なことは一気呵成・短期決戦による勝負>という氏のスタンスが出ています。

 さらに氏はそのあとで、各店に入っているゲームマシンの機種別売上げを毎日グラフにつけて点検、作成した機種別ヒットチャートから、不人気の機種は即座に減らし、人気のある機種だけを増やしていっているのです。氏のマネジメント管理がすでに伺えるところです。
 また、自分がオーナーとなったゲームセンターでは従業員の入れ替え、つまり柄の悪い者や、働きの悪い割りには給料の高すぎる者には辞めてもらい、代わりに学生アルバイトを入れています。

 学生アルバイトはゲームに詳しい上に、給料も安くて済みます。氏は“そのかわり、従業員用にタダのコインを配り、仕事が終わったあとにゲーム機で遊ばせると、彼らは喜んで働いてくれました。こうして従来店と比べ、収益は3倍にもなった”と言っているように、毎日のグラフによる売上チェックだけでなく、経費と収益性、つまりコストとモチベーション効果を生かした人事マネジメントでも、立派な学生経営者としての資質を見て取ることができます。

 さて、これまで孫氏の幼少・少年期に、その考え方や独自の着想なり発想、さらには反論のできない説得力など、その片鱗を見てきました。
 それらには幼少時代の「おとぎ話・桃太郎」とその後の「リーダー論と経営論」、小学生時代の「喫茶店・コーヒー無料クーポン券配布」とその後の「通信モデム無償配布」、さらには中学生時代の「森田塾館長へのトップアプローチ」とその後の「マクドナルド社長・藤田田氏やシャープ専務・佐々木氏へのトップアプローチ」ならびに「中学教師の塾講師役への勧誘」とその後の「音声翻訳機開発でモーゼー博士をはじめとする各分野専門家のメンバー勧誘」で見せた人の力を借りて事を成す手法、などなどがありました。

 これらで発揮された氏の或る種の才能は、本来、氏が最初から持ち合わせていた資質によるものなのか、あるいは次第に身につけていったことによるものなのか、そこが非常に興味深いところです。

 そこで孫氏の父親・孫三憲氏が昨年、日本経済新聞社のインタビューで記者に語った内容が、世の中の親御さんに多少なりとも参考になるのではないかと思われることから、そのインタビューの要点を次にお届けいたします。

 正義さんに小さい時から“お前は天才だ”と言い続けたそうですが…という記者の質問に対して、三憲氏はこんな風に答えています。

 【 実は、私が中学生だった頃の野球部の先生がヒントなんです。ある日、私がピッチャーをやったら“すごかね、お前ならプロに入れるったい”と、ものすごく褒めてくれたとです。それまで親からも褒められることがなかったけん、とても嬉しく励みが倍増したとです。やっぱり子供は褒めんといかんばいと、私は当時、中学生ながらにそう思ったとです。

 あれは正義が小学校に入る前のことでしたか。“1足す1は2”と教えた次の日、正義はちゃんと覚えとったです。その時、急に野球部の先生のことを思い出して、とっさに口から出てきたのが“お前は天才になれるかもな!”でした。
 これを3日間続けましたけん。けど、親バカだなと思ってやめたとです。でも、親の言葉は重いでしょ。これは言い続けんといかんばいと思うたんですよ。それで言い続けたら、今度は正義が本当にそう思わせてくれるような気がしましてね。やっぱり親バカです。ますます腹を決めて言い続けないかんなとね。

 そんな天才と思わせることがあったとです。正義が小学3~4年の時。貸家を買い取って喫茶店ば始めたとですが、コーヒー屋が豆を卸さんと言いよるんですわ。人通りが悪いから売り上げがたたんやろうと言われてね。そのとき思いつきで正義に“お前は天才やけん、どうしたらええか考えてみぃ”と言うたとです。
 そうしたら正義が2~3分考えて“ここは場所が悪いから、何杯飲んでもコーヒーはタダにしたったらよか”と言うたとです。そこでチラシを1000枚ほど刷って駅とスーパーの前で配ったとです。

 そしたらオープンと同時に満席でしたけん。その後、店をリフォームするための石ころを川に拾いに行ったときに、“やっぱりお前は天才やね”って言うたのを覚えています。その時にはこっちはもう本当に天才やと信じきっとったんですが、改めて思ったのが、うわべとかおだてはダメで、本当に信じ切ることが大切なんやということが、そのときわかったとです。

 じゃけん、自信過剰かもわかりませんが、正義は少なくとも20歳頃までは本当に自分を天才だと言うてました。ただ、 そのおかげで子供の頃から集中して考えることは誰にも負けんぞという思いはあったんじゃないかと。人がしきらん(やりきらん)ことを俺はしきるぞ、と。今も考えることが仕事や思っとるとでしょう。あいつはどんなにピンチでも音を上げんでしょ。考え抜いて必ず乗り切ったると 】と。

 いかがですか。世の中の親御さんは、当然、子供を叱る場面も多いと思われますが、特に幼少期で大げさに褒め続けることが、眠っている才能を引き出す上で、何らかのインパクトを与えるのではないか、ということをこの事例が示しているのではないでしょうか。

 さて、この次は氏の少年期に戻り、氏の将来に決定的なインパクトを与えた一大出来事をご紹介します。

(連載・第八回完 以下次回につづく)


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)
  • 岐阜県高山市出身
  • 早稲田大学理工学部応用物理学科卒
  • 元:米IBM ビジネス エグゼクティブ
  • 現:(株)ニュービジネスコンサルタント社長
  • 前:日本IBM  GBS 顧問
  • 前:東北芸術工科大学 大学院客員教授
  • 現:(株)アープ 最高顧問
  • 講演・セミナー・研修・各種会合に(スライドとビデオ使用)
    コンピューター分析が明かすリクエストの多い人気演題例
  • 始まったAI激変時代と地頭力
  • 始まったネット激変時代と成功する経営者像
  • どう変わる インターネット社会 あなたやお子さんの職場は大丈夫か
  • ビジネスの「刑事コロンボ」版。270各社成功発展のきっかけ遡及解明
  • 不況や国際競争力にも強い企業になるには。その秘密が満載の中小企業の事例がいっぱい
  • 成功する人・しない人を分けるもの、分けるとき。
  • もったいない、あなたの脳はもっと活躍できる!
  • こうすれば、あなたもその道の第一人者になれる!
  • 求められるリーダーや経営者の資質。
  • 栄枯盛衰はなぜ起こる。名家 会社 国家衰亡のきっかけ。
  • 人生1回きり。あなたが一層輝くために。

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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