その28 ゴルフと経営 ビジネス界トップがはまる理由
ゴルフと経営
孫青年の病が癒えたところで、「少し運動をしなさい。ただし過激な運動はいかん」と主治医より言われたことから、義務感で始めたのがゴルフでした。
素人でのパープレーなどは非常に難しく、めったにできないことなのに、青年がそれを始めてから5年目にして達成してしまった背景には、半年にも及ぶプロのスイングフォームのビデオ分析と、2年目で決めた目標があって、まさしくそれがビジネスに取り組む姿勢と重なっていたところから、前回、当欄で紹介したわけです。
すると、はからずも読者の方々からすぐに反応がありました。ゴルフと言えば、政界におけるトランプ大統領や安倍首相をはじめ、特にビジネス界のトップの方々にはゴルフ愛好者が多く、ゴルフを経験したことのないトップの皆さんを探すことのほうが難しいと言えます。
この連載の読者の方々の中にも、経営に携わっておられる方やビジネスの舵取りをされている幹部の皆さんも多いようで、彼らからビジネスとゴルフに関係して参考になるような話は、他にないかとの声が寄せられたのでした。
そんなわけで今回、それに応えられるような話をお届けしたいと思います。世の中のゴルフ愛好者に、ゴルフを始めたころのことを聞きますと、ほとんど例外なく「はまった」という言葉を口にされます。
気乗りしなければいつでも止めればいいと、軽い気持ちで試しにやってみたら、ついつい引き込まれてしまったということです。
孫氏やユニクロの柳井氏などは、あげくの果てに自宅にゴルフの練習場までも設け、義務感で始めた孫氏に至っては地下に、世界中の有名コースを精密に分析し、独自の特許技術で作った雨や風も吹くというシミュレーションマシンまで置いている熱の入れようのようです。
氏は毎日就寝前に、このマシンでワンラウンドし、その結果、かつては名門ゴルフコースであるオーガスタを72のスコアで回れるまでに腕が上達したそうです。
また、「仕事一途で、朝から晩までビジネスのことを考えている。しかしゴルフをプレーしている時だけは、仕事のことを忘れられる。週末、没頭できるゴルフを楽しむことで頭を空っぽにし、気分転換をしている」とは、趣味はゴルフと公言している柳井氏の言葉です。
ビジネス界のトップがゴルフにはまる理由
ここに見る没頭。経済誌などでしばしば紹介されているビジネス界トップの休日の過ごし方は、読書、音楽鑑賞、庭いじり、散歩、他テニスなどが、ちらほら見当たるだけで、あとの大半がゴルフになっています。なぜこんなにまでゴルフは彼らを虜にしてしまうのか。
そこでそ考えられるものとして、
1. 「健康にいい、ほどほどの競技だから」があります。孫氏が始めたきっかけは、まさにこれでした。
ゴルフはすぐにはうまくならないが、いつ始めても遅すぎるということはない、と言われるとおり、動きの激しい他の競技と違い、老若男女、年齢に関係なく80歳の老人でも、すぐに始めることができます。
しかしこれが彼らを虜にするという説明にはまだ無理があります。
では次に、
2. 「お互いコミュニケーションを深めるため」もあります。たしかに初対面の人同士でも、ラウンド中に打ち解けて親しくなってしまうことや、異業種あるいは同業のトップ同士間の会話で、重要な商談の話すらも和気藹々のうちに進めることもできます。しかしこれとても、虜になる十分な説明にはならないでしょう。
そこで挙げられるのは
3. 「ビジネスの疑似体験ができるから」というものです。
まず、競技ルールブックがエチケットなどという章で始まるような競技はゴルフ以外にありません。また、ゴールに向かって先を読み、戦略を立て、有り余る時間を使って、クラブやルート、そして攻め方などの多くの選択肢のもと決断しなければなりません。
その途中では、障害や思い通りにいかないことにしばしば出会って頭を悩ますという、まさにゴルフ特有の疑似ビジネスマネジメントの世界がそこにあるからです。
ボールの種類、14本のクラブ、ティペックの種類、ティーグラウンドの始打位置と、いずれをとっても各プレーヤーがこれほどまでに多く、自由に選べる球技は他になく、自然を相手に言い訳もできず、責める相手もいない完全に全てが自分の責任となるゴルフプレーヤーと、ビジネス界の経営者と重なるところが多々あるというわけです。
ゴルフは将来のよき経営者を育てることにもつながる
このことを「経営学の基礎まで学べる」として、子どもたちの育成という観点から分かり易く述べているのが、父親のほうのブッシュ元米大統領です。
全米で6~18歳の子供たちに129ヵ所のゴルフ場が開放され、無料のレッスンを施している公的団体の最高議長を勤めていた彼はこんなことを言っていました。
【 この支援プログラムで子供たちはゴルフに興味をもつようになるでしょう。しかし私が信じているのは、そこでゴルフがうまくなることよりも、ゴルフの持つ多くの哲学が、彼らの人生にどれほど役立つかしれない、ということです。
他人に迷惑をかけないための数々のマナーはもちろん、自分は完璧な人間ではないことを随所で教えられます。そしてはっきりと決められた目標へのチャレンジ。
随所に配備された目標には、手が届きそうでなかなか届かない。ホールインワンもそうですが、しかしそんなに容易には達成できなくても、けっして不可能ではないのです。
目標を攻略・達成するための戦略を立てることから多くの選択肢の使い方まで、審判もいない中、すべてが自分の責任で、どんな局面においても自分の力を知った上での冷静な判断力が求められます。その間、失敗の積み重ねで、この難題の克服に向け、練習はもちろん、不屈の忍耐力が問われます。
そこには、彼らが人生の困難に陥ったときに、自分がどうしたらいいのかを学べる、人生やビジネスの縮図があるのです。ゴルフには、いずれも実社会で生きていく上で求められる沢山の要素があって、人間形成はもちろん、経営学の基礎まで学べ、将来のよき経営者を育てることにもつながるのです 】と。
目標、 挑戦、 戦略、 選択肢、 判断、 失敗、 無審判、 自責、 困難、 克服、 忍耐、 マナー等々、まさしくゴルフではこれらのことを否応なくその都度違う形で体験しなければならなく、それは人間形成とともに、将来のよき経営者を育てることにもつながると、元大統領は謳っているわけです。
かつて作家の城山三郎氏は、「ゴルフのプレースタイルを見れば、その人がどんなタイプの経営者なのかがよくわかる」と言っていますが、このことからも両者の寄って立つところが同じであることがよくわかります。
逆算攻略戦術はゴルフもビジネスも同じ
さらにプロゴルファーのコース攻略の考え方は、ビジネスマネジメントとそっくりです。タイガー・ウッズは、攻略計画をティショットの位置の方からではなく、カップの方から逆に見て立てると言っています。
つまりカップのあるグリーン上に立ち、打ち始めるティグランドに向かってコースを眺めてみれば、ティからグリーン方向を眺めたときよりも、ずっと多くのことが分かるというのです。
そのホールに仕組まれた設計上の罠やグリーンのどの辺りにボールを乗せればよいか、そうするにはどこにボールを運んでおけばよいか、そのためにはティショットをどの方向のどのあたりに打てばよいかなどの戦略がずっとはっきりしてくるというのです。
これは、将来の目標を定め、そのゴール地点から逆算し、現在はどうか、さらにその過程をどうあってどのように攻略していけばいいか、常にチェックしているビジネスと同じです。
当連載その22でも紹介しましたが、先から今を見ることの意味として、孫氏はこんなことまで言っていました。
【 これだけ変化が激しい、海で言えば、波高く荒れているときに、3メートル先を見ておったら海の景色が揺れに揺れて、船酔いを起こしてしまうわけです。
だからこそぼくは逆に、あえて100キロ先、300キロ先の遠くを見てみる。そうすると、景色はほとんどぶれずおだやかなんです。そのような静かな海にぴたっと照準を合わせる。
そう言うと、よく人が言うんです。これだけ変化の激しい時代に、そんな何年も先を見ていて、わかるかと。多くの人は、現実が大事だ、先を見てどうするんだと言う。
それは言葉づかいが正確ではない。先を見るのではない。先から今を見てくる。変化が激しい時だからこそ、できるだけ遠くに目を配り、遠く高いところから全体をバッと見返す。そういうイメージってビジネスにとってものすごく大事だと思うんです。
未来から現在を見返す目、その先というのは何かと言ったら、仮に海で言えば、ほとんど安定してしまった、なぎている海。なぎているそこから今を見ると、今の嵐なんてたいしたことはないとなるわけです 】と。
このように経営、ビジネスマネジメントに参考となる必要な要素が、ゴルフには多々詰まっており、よい意味での疑似体験がふんだんにできることから、ビジネス界、特にそこでのトップの方々がゴルフの虜になり、ゴルフ愛好者になっていく経緯がよくわかると思います。
そんなトップの方達の1人が、逆から見る観点について、また次のような話を披露していました。
「ウッドもアイアンもほれぼれするようなボールを打つが、詰めが甘くて、いつまでたってもハンディ17どまりだった友人が、あるときを境に、コンスタントにラウンド80前後で回るようになった。調子に乗ると、パープレイまでする。そしてまもなくオフィシャル・ハンディが6にまで急上昇したのには恐れ入った。
いったい、どんなきっかけが大変貌に結び付いたものか、友人に聞くと、“いや、それがなんてことないんだ。アーノルド・パーマーの本を読んでたら、ピン手前3mも奥3mも、同じ3mだ・・・って書いてあってね、それでなるほどと思ってさ。
それまでバンカー越えのショットなんか、グリーン・エッジぎりぎりにボールを落としてピンに寄せようなんて、難しいことやってたのに気がついてやめたってわけ。ピンの向こうでもいいって思えば、俄然ショットがやさしくなってね”」と。
視点を変えるだけでそれまでの「縛り」が解け、難しいが易しいへ、窮屈が気軽さへとこんなにも違ってくるという実にわかり易い例で、ビジネスでもこの視点を変えてみると、気づくことが多々あったと披露されていました。
視点を変え、この逆から見るという手法は、壁にぶつかったときの光明・活路を見いだす手段として普遍的な真理といえます。
ゴルフは不思議なゲーム
一方ビジネス界のトップに限らず、一般の人達といえどもやはり少なからず「はまってしまう人」も多いのは何故でしょうか。
この背景として、世界のメジャーを含めた大会で何回も優勝しているデビッド・グラハムの言っている次の言葉から汲み取ることができます。
【 ゴルフがこれほど挑戦的で難しいのはなぜなのだろうか。ゴルフには、ゴルファーの感情のバランスをばらばらにこわしてしまう要素がある。
皆様も、ご経験おありのことと思うが、最高にハッピーな気分でいたと思えば、次の瞬間には、まるで奈落の底へ突き落とされたような絶望感を味わう。また、実に易々とプレーできる日があるのに、別の日には人が変わったようにひどいプレーになってしまう。なぜこんなことが起こるのだろうか。
それはゴルフの持つ特性ゆえのことであり、すべてを自分の意のままにしようとしても、どだい不可能なのである。他の競技であれば、確固たる決意と懸命な努力があれば、それなりの代償を得ることができる。
しかしゴルフは、それだけではまだ不十分で、実にとらえどころのない不思議なゲームなのである。そこでは知識や肉体的な努力ばかりでなく、もっと知的なアプローチ、正しい精神的な態度が要求される。
こうした精神面の重要ポイントのうち、わずか1つか2つでも弱点があると、ツアープロとしての地位を保つのは極めて難しい。
しかし、肉体的、精神的に完璧な人など当然あり得ないが、少なくともゴルフにしかけられた精神面でのいろいろな罠は、アマチュアの人でも乗り越えられると信じている。というのもこの精神コントロールの技術は生まれながらにして備わっているものではなく、訓練によって後天的に身につけるものだからだ。
ゴルフとは、1ラウンドをまわるのに4時間半かかるとすると、そのうちスイングに要する時間は、スコアを70で廻るプロで合計3分以内、110を叩く素人でも7分もない。あとの4時間20分余りは、否応なく考えることに費やす競技で、他にこのような競技はないのである。
そこで、トップゴルファーになる最も大切な要素として行き着くところが、メンタル・タフネス、精神的エネルギーの充実なのである。
格言にいわく、「ゴルフの9割は、精神的なもの」。まさに至言である。したがって、一度はじめたらやめる人がいないのも、またゴルフなのである 】と。
予期せぬ簡単なミスが随所で顔を出すラウンド中、一度失敗をすると「バカな、こんなはずがない」とすぐにその場で怒りに火が付き、それを取り戻そうと今度こそはと再チャレンジへとかりたてられるのがゴルフの常です。
だからこの「一度はじめたらやめる人がいないのも、またゴルフである」との言葉がよくわかるわけです。
さて、孫氏は半年にも及ぶスイングフォームのビデオ分析をしていましたが、このスイングということに関連し、剣豪の武蔵や音楽会の巨匠カラヤンが同じことを主張しています。
次回は、その「真理は分野を越えて横断する」から始めたいと思います。
(連載・第二十八回完 以下次回につづく)
執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)
- 岐阜県高山市出身
- 早稲田大学理工学部応用物理学科卒
- 元:米IBM ビジネス エグゼクティブ
- 現:(株)ニュービジネスコンサルタント社長
- 前:日本IBM GBS 顧問
- 前:東北芸術工科大学 大学院客員教授
- 現:(株)アープ 最高顧問
- 講演・セミナー・研修・各種会合に(スライドとビデオ使用)
コンピューター分析が明かすリクエストの多い人気演題例
- 始まったAI激変時代と地頭力
- 始まったネット激変時代と成功する経営者像
- どう変わる インターネット社会 あなたやお子さんの職場は大丈夫か
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- 不況や国際競争力にも強い企業になるには。その秘密が満載の中小企業の事例がいっぱい
- 成功する人・しない人を分けるもの、分けるとき。
- もったいない、あなたの脳はもっと活躍できる!
- こうすれば、あなたもその道の第一人者になれる!
- 求められるリーダーや経営者の資質。
- 栄枯盛衰はなぜ起こる。名家 会社 国家衰亡のきっかけ。
- 人生1回きり。あなたが一層輝くために。
テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)
出版
- 1988年 『企業進化論』 (日刊工業新聞社刊)ベストセラー 9ヵ月連続ベスト10入り
- 1989年 『続・企業進化論』 (日刊工業新聞社刊) ベストセラー 6ヵ月連続ベスト10入り
- 2009年 『成功者の地頭力パズル・あなたはビルゲイツの試験に受かるか』 (日経BP社)(2020年の大学入試改革に一石を投じる)
連載
- 1989年~2009年『企業繁栄・徒然草』
(CSK/SEGAの全国株主誌) - 1996年~2003年『すべてが師』(日本IBMのホームページ)
- 2005年~2016年『あなたはビル・ゲイツの試験に受かるか』(Web あーぷ社)
- 2017年~進行中『ソフトバンク 孫正義 物語』(Web あーぷ社)
新聞、雑誌インタビュー 多数
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