その29 真理は分野を越えて横断する
病が回復して後、主治医が薦める軽い運動ということで、前号では義務感で始めた孫青年のゴルフにスペースを割きましたが、それは青年のゴルフにおける分析力や、また長いスパンで見た目標設定とその達成過程が、その後のビジネスの展開過程と重なって見えたからでした。
このことはたとえ分野が違っていても、その過程において共通する点が多々見られるということです。つまりあらゆる分野を通して、その根底には共通する真理が存在するということであり、多々その例が見られます。
そこで皆さんのビジネスや日常生活の中でもお役に立つと思われることから、ゴルフ談義のこの機会にもう一歩進めて、それら例を見てみたいとお思います。
真理は分野を越えて横断する
剣豪の宮本武蔵が剣術の奥義をまとめた兵法書は「五輪の書」として広く知られていますが、次はその現代訳の中から4カ所を抜粋したものです。
【 (太刀)の持ち方は、親指と人差指を浮かすような心持ちにし、中指は締めず、ゆるめず、薬指と小指をしっかり締めるような心持ちで持つのだ。手の締め方に弛みがあるのはよくない。
実戦の状況に応じ、親指と人差指の調子だけを変えるくらいのつもりで、とにかく手の具合を変えず、手が萎縮しないように(太刀)を持つことが大切だ。
(太刀)の使い方は、速く振ることではない。速く振ろうとするから、かえってその道筋が違って振れなくなる。(太刀)は振りよいように、静かに振る気持ちが大事だ。すべて上手な人のすることは、ゆっくりと見えるが、間が抜けないもの。
何事も仕慣れた者、その道の上手といわれる人の動作は、速くは見えない。このたとえによって、その道理を知るべきである。とにかく、(兵法)の道においては、振りが速いということはよくない。
(兵法)の道を会得すれば、(太刀)の遠近・遅速まで自然とよく見えるのである。勝負に臨むにあたっては、(観)の目を強くし、見の目は弱くして、遠いところを的確にとらえ、身近なところの動きから大局をつかむことが、(兵法)では最も大切なことである。小さく目を付ける必要はない。小さく目を付けるから、大きなことを見落とし迷う心が出てきて、確かな勝利を逃してしまうのである。
何事にも、(拍子)というものがあるが、とりわけ鍛練によって(兵法)の(拍子)は、自ずと身につく。世の中で(拍子)がはっきりしているのは、能楽の道、楽人、管絃など。これは皆、(拍子)がよく合うことにより、調子よくいく。物事の発展する(拍子)と、衰える(拍子)をよく見分けて分別すべきである。
とりわけ(兵法)には重要な(拍子)がある。まず、合うリズムを知って、違うリズムをわきまえ、大小、遅速の(拍子)のなかでも、適した(拍子)、間の(拍子)を知り、背く(拍子)を知るのが、(兵法)では大切なのである。
そして実戦では、「空」の(拍子)を智略で発揮して勝利を得るのだ。この書のどの巻にも、もっぱら(拍子)のことを記している。よく吟味し、十分に鍛練しなければならない 】
さて、これら文章の中に出てくる4つの言葉、「太刀」、「兵法」、「観」、「拍子」に、ここでは意図して括弧を付けてありますが、これらそれぞれに対応する形で、「クラブ」、「ゴルフ」、「イメージ」、「リズム」という言葉を入れてみますと、それはプロゴルファーやゴルフのレッスンプロが口うるさく指導しているゴルフの指南内容そっくりそのままになります。
ここに剣術とゴルフとの間で、分野を横断する共通真理が、その極意として語られていることがよくわかります。
では次にその武蔵と1980年に全米オープンで世界の帝王ジャック・ニクラウスと最終日4日目まで死闘を演じ、惜しくも最終ホールで準優勝に甘んじた青木功氏の言葉を引用してみます。
武蔵
【 世間の人は、とかく兵法の利を小さく末梢的に解釈して、指先や肘から先の遅速で勝ちが決まると心得、手の動かし方や足の動かし方を習っては、少しでも素早くなろうと専心している。
しかし、勝負に命をかけ、生死の分かれ目を知り、刀の原理を覚え、敵の打つ太刀の強弱を判断し、敵を打ち果たすための鍛練をするのに、小手先の弱々しいことなど問題にならない。実戦の場で、末梢的な技術など思いもよらないことだ。
だが、わが二刀流の道を、心のまま心ゆくまで書き記すことは難しい。が、たとえ言葉は足りなくとも、その道理はおのずからわかるであろう。
また、この書を読むだけでは、兵法の真髄に到達することはできない。その中味を単に真似ようとするのではなく、真に自身の心の中から発見したものとするよう、常にその身になって、よくよく工夫しなければならない。
千日の稽古を鍛といい、万日の稽古を練という。初心の頃も、熟練した後といえども、よくよく鍛練することによって、勝つ利を知るべきである。兵法の真髄はここにある 】
青木功
【 いま思い返しても不思議なのだが、プロになって7年間ぜんぜん勝てなかった頃と、毎シーズンいくつもの試合に勝てるようになってからとで、自分のゴルフの技術はまったく変わっていなかった。
むしろ、前のほうがボールも飛んだし、小技もパッティングもはるかにうまかったように思えるにもかかわらず、勝てなかった。いったい、なぜなのであろう? いやしくもプロテストに受かるぐらいの力の持ち主なら皆、技術的にはほとんど差がないといっていい。
世間一般には、技・テクニックというと、いかにも小手先で器用にボールを操ることのように解釈されているが、これはとんでもないまちがいで、実戦では本質からはずれている。 試合に勝てるか否かを分けるのはそんな技術レベルの差ではないのだ。技術を超えた、別の何かなのだ。
今は、それが何か、頭でも、体でもはっきりわかっているが、言葉で表現するのは難しい。言葉にはどうしてもならない”何か”なのだ。 その”何か”がいつ自分にわかったか定かではない。試行錯誤を繰り返しながら、1勝、2勝と、勝ち星を重ねていくうちに、いつの間にか体得できていたというようなものなのだ。だからこそ、この”何か”は他人に教えたくても、言葉に表現できない。
もちろん、そこに至るまでには猛練習をした。「チクショウ、チクショウ」と自分に言い聞かせながら、軸足の動きを直し、地道に毎日、鉄アレイで筋肉強化にも努めた。練習が嫌いで名人になった人など皆無のように、ゴルフも練習量の成果は大きい 】
いかがでしょうか。剣術とゴルフというそれぞれ活躍した分野も、また時代も違って互いに知らない2人が、まったく同じことを言っているのです。
ここでまず両者が期せずして、同じ小手先ということばを使い「本当の勝敗を決するのは末梢的な技術ではない(一重下線部分)」と同じ内容のことを主張しています。
さらにまた極意を体ではわかっているが「言葉で書き、表現するのは難しい(点線部分)」と言っているところや、また勝敗を決するにはやはり「猛練習することしかない(二重線下線部分)」と結んでいるところなど、時代や分野が違っていても、その根底には共通するものが、真理として語られているわけです。
さて、ここまで剣の道とゴルフ、剣豪とゴルファーの例を挙げましたが、さらに分野を越えてこんなところにも格好の例が見られるのです。次は指揮者です。
小澤征爾氏の言葉を次に見てください。
力を抜け、力むな
【 指揮の手を動かす運動は物を叩く運動からくる「叩き」とか、手を滑らかに動かす「平均運動」とか、鶏の首がピクピク動くみたいに動かす「直接運動」とか、何種類かに分類できる。その全ての運動の中で、力を入れる部分よりも力を抜くといった部分の善し悪しが、指揮の出来栄えを左右する。
しかし、実際に皆さんがおやりになるとわかると思うが、力を完全に抜ききるということが、どのくらい難しいことか、それはヨガや他の健康法でも、言われてきていることで、自分の筋肉の力を抜ききる状態をつくることが、指揮の1つの重要なテクニックになるのである。
これがかの偉大なミュンシュやカラヤンの教え方にも現われている。ここをああしろとか、あそこをこうしろなどということは全然言わない。ただ、“力を抜け、抜け、頭の力も体の力も手の力もみんな抜け・・・”と。
要するに指揮するときに体や手に力を入れてはいけない、心でしっかりと音楽さえ感じていれば、手は自然に動くものだというのである 】と。
先にも見ていただいたように、武蔵は「太刀の使い方は、速く振ることではない。・・・・・・太刀は静かに振る気持ちが大事だ。・・・・・・何事も仕慣れた者、その道の上手といわれる人の動作は、速くは見えない」と言っていました。
世界の巨匠カラヤンも指揮をするとき “頭の力も体の力も手の力もみんな抜け”と、とにかく力んではいけないことを強調しており、ここに武蔵の言う真剣勝負のときでも力を入れず「太刀を静かに振る気持ち」と同じく、分野を越えて相通じているものがあることがよくわかります。
音楽家になるよりスポーツマンになれ
ゴルフでも同じで、「力を入れてクラブを握るな、しっかりと握れ。力いっぱい振るな、しっかりと振れ」と、素人には哲学のような難しさを感じるこの言葉は、あらゆるゴルフ指南書に載っているゴルフ・スイングの鉄則です。
そこでまたまたこの指揮者とゴルファーとの間に、面白いことがあることがわかってきました。まず前号で紹介したデビッド・グラハムの言っている次の言葉を思い出してください。
“スイングに要する時間は、スコアを70で廻るプロで合計3分以内、110を叩く素人でも7分もない。あとの4時間20分余りは、否応なく考えることに費やす競技で、他にこのような競技はないのである。
トップゴルファーになる最も大切な要素として行き着くところが、メンタル・タフネス、つまり精神的エネルギーの充実なのである。格言にいわく、「ゴルフの9割は、精神的なもの」。まさに至言である。”
このようにゴルフでは、ラウンド4時間20分中のスイング時間7分を除くと4時間13分、つまりスイング時間は全体の3/100しかなく、ほとんどラウンド中のすべてが考えることに費やされる時間ということです。
そのため、あのトッププレイヤーのジャック・ニクラウスですら“国内のトーナメントだけで年間30試合以上出ると、体力的にはもっても、精神的にもたない”と言っているほど、メンタル面での訓練が他のスポーツに比べて何倍も要求されるゴルフということです。
一方ここでまた、小澤征爾氏の次の言葉に触れると、面白いことに気づきます。
【 指揮をするには、ものすごく鋭敏な運動神経がいる。マラソン選手が毎朝走る練習をするように、僕も手を振り体を動かす運動を続けた。
暗譜だけをやっていたら、体がなまってしまい、それでは大勢の人間の寄り集まりであるオーケストラを、自分の意のままに動かすことなど、とてもできるものではない。
今後も僕のように指揮者を目指す人は、何より、柔軟で鋭敏で、しかもエネルギッシュな体を作っておくこと。また音楽家になるよりスポーツマンになるようなつもりで、譜面に向かうこと。それが、指揮をする動作を作り、これが言葉以上に的確にオーケストラの人たちには通じる。
ぼくが外国に行って各国のオーケストラを指揮して得た経験のうちで、一番貴重なものはこれである 】と。
“なるほど・・・、でもそこで気づく面白いものとは何なのか・・・?” と思われる方もおられるかもしれません。たしかにそこには、前に見たような分野を越えて共通するようなものは見当たりません。
でもそこで小澤氏の言っている「音楽家になるよりもむしろスポーツマンになるようなつもりで・・・」というところに目をやると、ハタッと気づくことがあるのです。
我々が日常、指揮者に抱いている感覚は、神経を極限にまで研ぎすましているというイメージが大です。たしかにその通りなのですが、まさか「スポーツマンになるようなつもりで」というところまでは、想像することなどありません。普段、我々が抱いている感覚とは逆とも思える世界のことに言及しているわけです。
そういえば、演奏終了後、汗だくになっている小澤征爾氏やカラヤンのことを思い出すと、たしかにこの意味するところがよくわかってきます。
するとここで「ゴルフの9割は、精神的なもの」と、トッププロのグレアムが言っている言葉の内容と、何かしら交錯した形のものが見えてくるのです。
つまり小澤氏は「音楽という感覚に訴える精神活動の中で、指揮者に必要なのは、むしろ鋭敏な運動神経と体力に富むスポーツ的要素」と言っているのに対して、グレアムは「ゴルフという体を使うスポーツの中で、思考時間の長いゴルファーに必要なのは、むしろ精神的要素」だと、双方見えない部分の要素が重要であることを、互いに訴えているわけです。
音楽とゴルフ、それぞれ自分の世界で本質的なものは当然不可欠であるが、その本質的なものを活かすためには相手の世界の本質的なものを取り込むことが重要だと互いに言及しているところ、そこが示唆に富んで面白い部分だと思うわけです。
さて、前2回にわたり皆さんの日常生活の参考にしていただけるよう、孫青年のゴルフに目を向け、稿を進めてきましたが、再びビジネスの世界に戻って話を続けてまいります。
(連載・第二十九回完 以下次回につづく)
執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)
- 岐阜県高山市出身
- 早稲田大学理工学部応用物理学科卒
- 元:米IBM ビジネス エグゼクティブ
- 現:(株)ニュービジネスコンサルタント社長
- 前:日本IBM GBS 顧問
- 前:東北芸術工科大学 大学院客員教授
- 現:(株)アープ 最高顧問
- 講演・セミナー・研修・各種会合に(スライドとビデオ使用)
コンピューター分析が明かすリクエストの多い人気演題例
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- 成功する人・しない人を分けるもの、分けるとき。
- もったいない、あなたの脳はもっと活躍できる!
- こうすれば、あなたもその道の第一人者になれる!
- 求められるリーダーや経営者の資質。
- 栄枯盛衰はなぜ起こる。名家 会社 国家衰亡のきっかけ。
- 人生1回きり。あなたが一層輝くために。
テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)
出版
- 1988年 『企業進化論』 (日刊工業新聞社刊)ベストセラー 9ヵ月連続ベスト10入り
- 1989年 『続・企業進化論』 (日刊工業新聞社刊) ベストセラー 6ヵ月連続ベスト10入り
- 2009年 『成功者の地頭力パズル・あなたはビルゲイツの試験に受かるか』 (日経BP社)(2020年の大学入試改革に一石を投じる)
連載
- 1989年~2009年『企業繁栄・徒然草』
(CSK/SEGAの全国株主誌) - 1996年~2003年『すべてが師』(日本IBMのホームページ)
- 2005年~2016年『あなたはビル・ゲイツの試験に受かるか』(Web あーぷ社)
- 2017年~進行中『ソフトバンク 孫正義 物語』(Web あーぷ社)
新聞、雑誌インタビュー 多数
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