まず最初に、この設問はヒューレット・パッカード社が面接試験で出題した問題であることを、前もってお知らせしておきます。
金融、流通、製造、その他、中国の大手企業なども含め、全世界すべての産業の売上ランキングを毎年発表しているフォーチュン誌によれば、このヒューレット・パッカード社は、全世界全産業中、2014年の第50位にランクされていて、IT企業のランクでは常に上位5番以内に入っている会社です。
当連載を愛読されているような皆さんならば、この会社名をよくご存じだろうと思いますが、問題を解く前にこの会社が面接で何を狙って出題しているのか、その背景を考慮して取りかかる場合と、そうでない場合とでは、おそらく解答の仕方やスピードに違いが出てくるだろうと思われることから、敢えて最初にお知らせしました。
ITの大会社の出題では、論理思考関連の問題が多いのですが、しかし、この設問を見るかぎりでは、これまで見てきた代表的な論理思考問題の1つ、「相手、あるいは他の人間の行動や発言をベースにして解いていく」ものでもなければ、既存の設定状態の裏に隠されているものを順次解き明かしていく思考過程を見ようとするものでもないようです。
どうやらここでは、企業の利益は、その投資量やリスクの割合などにしたがって公平に分配されなければならないということに関連して、リソース、資源の配分という企業経営上の重要な課題をどのように解いていくか、そのセンスが問われているように思えます。
そこで再度この設問を見ますと、必要と思われるすべての数字が出揃っており、ストレートに中へ入っていけそうで、これまでの設問でしばしば取り組んできたその突破口とか糸口を考える必要はなさそうです。
しかし、IT界における大会社の出題ということで注意しますと、そこには回答者を惑わすような仕掛けらしきものも伺われます。
例えば回答者には、A君とB君が主張する言い分は間違っている、と簡単にわかるはずなのに、わざわざ問題の中でそれらに言及しているところです。それを意図して披露することにより、回答者の思考を攪乱しようとしているようにも思えます。
つまりよく内容を読めばわかりますが、設問文の途中の「C君は金貨を8枚持っているので、A君とB君で分けてほしいのですが、 どうやったら平等に分配できるのかわかりません」のところで問題文を完結し、そのあとの2人の文章を削除しても、本質的には何も変わりません。
したがって文章の前半だけで、中身にストレートに入っていくほうが、むしろ横道に逸れずに済むのではないかとも思われ、だからストレートな入り方をした人たちの中には、スピーディで的確な解答を出された方もおられたかもしれません。
それでは解説には入ります。
例によって、問題を整理してみますと、
1. A君は3斤、B君は5斤のパンを持っている。
2. C君は8枚の金貨でこのパンを買おうとしている。
3. パンをこの3人で平等に分けるためには、A、B両君の金貨の取り分はどれだけか。
と、その本質は只のこれだけに集約されてしまいます。
A、Bの両君は、パンという資源を提供することにより、その対価としてC君から8枚の金貨をもらうというビジネス構図ですが、重要なことはそのパン全部を、そっくりC君に供出するわけではないということです。
つまり、問題は対価となる供出資源が3斤と5斤ではないということです。
そこで、次にやらなければならないことが必然的にわかってきます。
それはA、Bの両君の供出資源はどれだけなのか、ということです。
まず、8斤のパンを3人で平等に分けるとありますので、1人の取り分は3分の8斤とわかります。
そこでそれぞれの供出量ですが、A君は、3斤(=3分の9斤)のパンを提供しますが、それと同時に3分の8斤のパンを食べます。結果、A君がC君に与えるのは、3分の9斤マイナス3分の8斤、つまり、供出量は3分の1斤だけです。
一方B君も3分の8斤を食べますが、提供するパンは5斤(3分の15斤)。つまり、供出量は、差引き3分の7斤をC君に与えることになります。
こうして両君の供出資源量がわかったところで、結果、B君はA君の7倍のパンをC君に与えるということになります。
この比率を考慮すれば、A君に1枚、B君に7枚の金貨を与えるのが、もっとも公平な解決策だと言うことがわかります。
当初、両君の持っていた資源量、3斤対5斤という比率から直感的に考えると、両君の配分にあずかる公平な金貨量が1枚対7枚になるなどとは意外な結果で、なかなか想像しづらいところだと思います。
しかし、これが計算によって導かれた厳然たる結果で、IT企業が好んで出しそうな問題です。
また厳密な意味から、こんな疑問を抱いた回答者もいたかもしれません。
「3人の食べるパンの量、つまり3分の8斤は2.666・・・と整数にならないのに、それをどうやって物理的に分けるのか」と。
しかし斤というのは、大きさではなく重さの単位で、英米のパン焼き器で焼いた1斤は450gとのことだとわかれば、納得がいくのではないかと思います。
ヒューレット・パッカード社が出てきたこの機会に、その成り立ちとシリコンバレーの話をしてみたいと思います。
この会社は、1939年、スタンフォード大学の2人の学生、ヒューレットとパッカードが、ターマン教授が与えたポケットマネー538ドルを元手に、地元サンタクララバレーのガレージで電子計測器メーカーとして起業したことに始まります。
今と違って当時、産学共同という言葉は別世界の話でしたが、何とか学界と産業界との間を縮めようと腐心したスタンフォード大学のターマン教授の熱意によって起業に至ったもので、最初の製品は、ヒューレットが大学在学中に開発したデザインに基づいた「オーディオ発振器」でした。
創業年の1939年で5,369ドルも売上がありましたが、10年後の1949年の売上は、はやくも220万ドルで、創業時2人だった社員数は166人と、急成長をとげています。創業30年の1969年は3億2,600万ドル、15,840人。創業50年の1989年は119億ドル、95,000人。創業64年の2013 年は1123億ドル、317,500人にまでなっています。
そのターマン教授の熱い要請を受け、1956年に東部からはるばる西部にやってきたのが、ノーベル賞受賞者のウイリアム・ショックレーです。彼がトランジスターの研究製造所を開設した場所も同じくサンタクララバレーで、のちにインテルのゴードン・ムーアやロバート・ノイスなど、ショックレーの弟子たちが続々と独立し、関連企業が次々と誕生していきます。彼らの開発したトランジスターがシリコン材で作られたことから、結果、この場所は別名シリコンバレーと呼ばれるようになり、ITのメッカ、一大繁栄産業地へと変貌を遂げていくわけです。グーグルもヤフーも、スタンフォード大学の4人の学生たちが起業したものです。
ヒューレット・パッカード社をはじめ、Facebook、Adobe、Microsoft、IBM、Google、Oracle、Yahoo、Xerox、Apple、Intel、Cisco、Sunmicro、Texas Instruments、ADMなど、シリコンバレーにひしめくIT企業の入った地図カレンダーが、毎年数種類出ますが、そのサンプルを載せてみます。
このシリコンバレーはサンフランシスコの郊外50kmほどのところにあり、あのアップル社を設立したスティーブ・ジョブズも地元出身です。
彼とヒューレットとの面白い関係をジョブズ本人が次のように話しています。
「僕が13歳の高校生のとき、ヒューレット氏が地元パロアルト地区に住んでいることを、たまたま友人から聞いて知ったんです。その頃って電話帳に自宅の番号が載ってたんですよ。そこで電話帳を調べたところ、ウィリアム・ヒューレットという人物はひとりしか掲載されていなかったので電話をしたんです。すると直接本人が電話に出たので、“こんにちわ、スティーブ・ジョブズといいます。
13歳の高校生です。周波数カウンタを作りたいんですが、そのスペアのパーツをお持ちじゃないかと思って・・・”と。そしたら、電話の向こうで笑って、それじゃ〜周波数カウンタ用のスペアパーツをあげようと約束をしてくれるとともに、その上さらに夏休みの期間中、ヒューレット・パッカード社にある周波数カウンタの組立ラインでパートタイマーをやらないかと言ってくれたんです。もう天にも昇る心地だった」
会社のオフィスではなく、社長本人の自宅に直接電話した高校生に、のちの大会社アップルを創設するジョブズの片鱗がみてとれる逸話です。
さて、この設問の背景は、リソース、資源の配分という企業経営上の重要な課題をどのように解いていくか、直感的な感覚を封印して、いち早く本質的なところに目を付け、投資など提供資源に見合うリターンを冷静に分析していくことのできる資質の持ち主かどうかを見ようとしているものです。
それでは設問108の解答です。
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