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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その117

どこまで深く考えるか

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 家庭用の冷蔵庫には電源スイッチなるものが付いていないという事実を、前問によって改めて気づかされた皆さんも多かったかもしれません。  日常使っている家電製品には、ほとんど電源スイッチが付いていますから、家電製品の冷蔵庫も、頭の中ではスイッチが付いているものと、なにげなく思い込んでしまっているケースが多いのではないでしょうか。  冷蔵庫の冷却システムの仕組みを問うことにからめて、このポイントを突いたのが前問ということでした。

 さて、今号の設問はどうでしょうか。
 

問題 設問117    シャワー室でシャワーカーテンを引いた状態でシャワーを出すと、カーテンの裾はどの方向に動くでしょうか。シャワー室の外側に向かって動くでしょうか、動かないままでしょうか、それともシャワー室の内側に向かって動くでしょうか。シャワーカーテンは摩擦の抵抗なく吊るされているものとし、シャワーの水は直接カーテンに当たらないものとします。

  な?んだ、簡単ではないか! 中学生でも解けそうな問題ではないか、と思われた方は、要注意です。
 典型的な問題分野と、その手がかりや糸口、あるいはその突破口となる対処法を列記した本シリーズの「その73」の中で、「易しすぎに思える問題やすぐに解けそうな問題は、あわてて解こうとすると間違いやすく、落とし穴があるので、落ち着いて設問をよく読み、見落としているものがないか、よ~く考える」とありますように、充分注意して取り掛かることが肝心です。

 冷蔵庫の前問もこれに類似した問題だったので、ついうっかり、最終解答のところで、無念の結果となった方もおられたのではないでしょうか。
 この問題も前問同様に、論理思考の問題ではなく物理の問題であることは、はっきりとわかりますが、そのついうっかりがあるとすれば、どこにあるのか。

 では解説に入ります。
 人の手の介入がなければ、設問の状況の中でカーテンを動かすものとして考えられるのは、2つしかないでしょう。
 1つはシャワーの水。そしてもう1つは空気です。このシャワーの水の場合、水圧が直にカーテンにかかったとき、たしかにカーテンはシャワー室から見て外側に動くはずです。

 しかし設問には、シャワーの水は直接カーテンに当たらないものとなっていますので、これは除外できます。したがって残るは空気です。
 でもここで1つ疑問がわいてきます。シャワー室のわずかな空気がカーテンを動かすことなどできるのかと。

 しかし、対処法にあるように設問をよく読めば、カーテン全体には言及しておらず、カーテンの裾だと言っています。ここが重要なところで、これまでも度々あったように対処法を軽く見ないことです。
 そこでカーテンの裾という範囲に限定すれば、わずかな空気といえどもあり得ることかもしれないと考えられます。

 そこですぐに思いつくことは、シャワーの水流が直接カーテンに当たらなくても、周りの空気を押し出すので、カーテンも外側に向かって押される、という解答です。
 だが、本当にそうなるか。実際にやってみればわかりますが、そうはならないのです。

 カギはシャワー室の天井部分と床部分にあります。おそらくカーテンのついているどんなシャワー室でも、そのカーテンレールは天井にぴったりくっついていることはなく、天井から数十センチ下のほうに離れて敷かれているはずです。
 したがって、吊されているカーテンと天井との間にはかなりの隙間があることになり、と同時にカーテンの裾部分も床との間に隙間があるのが普通です。

 

そこで難しいことは考えなくても、学校の理科や気象に関する授業で学んだ「暖かい空気は上昇し、冷たい空気は下降する」という対流の原理が頭に浮かべば、この問題も比較的簡単に解けそうです。
 つまりシャワーを出せば、温かいお湯が降り注ぎ、その周りの空気は暖められて、対流の原理により上昇します。
 すると今度は、その上昇する空気を補充するための空気が下から上がってくることになります。

 もしもこのときカーテンの内側が密閉されていたら、あくまでもシャワー内での空気の対流だけで、中の空気の量は変わらず、カーテンは動きようがありません。

しかし、世の中にシャワーカーテンで密閉されたようなシャワー室はありませんので、必ず前述のような隙間があるわけです。

 したがって、温められたシャワー室の空気は、カーテンの上部の隙間からシャワー室の外側に逃げ、その結果、シャワー室の下部の圧力が低くなって空気を呼び込むことになります。
 つまり、その逃げた分の空気を補充するために、シャワー室の外側にある空気が下から、シャワー室に入り込むわけです。
 そのため、シャワーカーテンの裾は、この入り込む空気により、シャワーのある内側に押されて、このとき動くことになる
わけです。

 各家庭の風呂にはシャワーカーテンなど付いていないことが多いため、体験する機会がないかもしれませんが、疑問に思う方は、どこかのホテルで宿泊の機会に試されてみたらいいかもしれません。

 さて、冒頭で「な?んだ、簡単ではないか!」と思われた方は要注意と申しあげましたが、たしかにここまでは間違っていない方も、大勢おられたことと思います。 
 しかし、これではまだ完全ではないということです。どういうことかと言いますと、出題者側の意図もあって設問にはあいまいな部分が残してあるということです。

 つまり、設問にははっきりと明示していないカーテンの材質についてです。
 もしも厚くて重い合成樹脂のような材質でできたカーテンだったら、少しばかりの空気の対流では動かない
ことになります。
 したがって、軽い材質でできたカーテンなら、その裾はシャワー室の内側に向かって動くものの、厚くて重い材質でできたカーテンの場合は動かない、ということです。

 当設問の背景は、空気の対流という物理面での知識を見ることはもちろんですが、カーテンの材質までもう少し注意深く突っ込んだ考えにまで及ぶかどうかも見ようとしているものです。

 それでは設問117の解答です。

正解

正解117

  軽い材質でできたカーテンなら、その裾はシャワー室の内側に向かって動き、厚くて重い材質でできたカーテンの場合は動かない。

 
 では、次の問題の出題背景を考えながらやってみてください。


問題 設問118  新しく完成したプールに漏れがないか、じっくりと時間をかけて調べることになりました。オーナーがプールの全面にほんの少しの高さまで水をはったあとで、今度は担当の業者がきて水を入れ始めました。業者は1日目にそれまで入っていた水の高さの半分に相当する量の水を加え、2日目にはまたそれまで入っていた水の高さの1/3に相当する量の水を加え、3日目にはまたそれまでに入っていた水の高さの1/4に相当する量の水を加え、というふうに同じ要領で水を加え続けました。そしてオーナーのはっていた最初の水の高さの50倍になるまで続けて満杯近くになり、ついに完全に水漏れがないことがわかりました。では、当初の水の高さの50倍になるまでに、業者の日数は何日かかったでしょうか。なおプールは完全に直方体の形をしているものとします。

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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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新聞、雑誌インタビュー 多数

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