連載

あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
バックナンバー

その116

日常の注意力を見る

前号へ
  次号へ

 確率を出す式はわかっていても、パソコンや電卓の力を借りないと、面接試験の席で簡単には出せないような計算をどうするのか。  それらの機器を使わなくても解けるような方法を考え出す能力、はたしてそのような資質を応募者が持ち合わせているかどうか、そこを見たいというのが前問の出題者が求める1つのキーポイントでした。

 さて、今号の設問はどうでしょうか。
 

問題 設問116     あなたは、冷蔵庫だけがある部屋の中に閉じ込められています。外気はその部屋よりももっと温度の高い状態ですが、冷蔵庫は快調に作動しています。その部屋をできるだけ涼しくするにはどうすればいいでしょう?

 設問の状況が冷蔵庫しか置いていない密室のような部屋であったなら、咄嗟に思いつくことはただ一つ、冷蔵庫の扉を開いて、中の冷気を部屋の中に取り込むことでは?、ということでしょう。
 もちろん窓があって、外気を取り入れることができれば、冷蔵庫などのことは眼中になく、そのような行動を取るかもしれませんが、外気温が部屋の温度よりも高いこの場合はそれができません。

 しかし、皆さんがこの設問を見たときに、真っ先に思いつくようなただ一つの方法が面接試験問題に出るだろうか、と思われた方も多かったでしょう。
 しかし、盲点がどこかにあるということです。たとえ冷蔵庫の仕組みを知っている人でも・・・。

 ところで、冷蔵庫の仕組みを完全に知っている人は、どれくらいいるでしょうか。しかし完全ではないにしても、うすうすはわかるという人は多いと思われます。

 なぜなら、冷却装置といえば今日、冷蔵庫だけではなく、クーラーなどがどこの家庭にも設置されており、そのエアコンシステムから容易に類推することができるからです。

 というのも、おそらく多くのみなさんはこのエアコンシステムの室外機を目にされているはずで、夏場の暑い日、室内でクーラーを掛けていると、この室外機からは熱風が出ていることから、そのそばを通ったとき不快に感じた経験がおありだと思うからです。

 つまり室内に冷気を出すかたわら、暖気をこの室外機で外に逃がしている、ということを認識されているはずだからです。

 冬場は、これとは逆になりますが、いわゆるエアコンシステムでは、暖気と冷気がペアで作り出され、そのうち夏は冷気を、冬は暖気を室内に取り込んで、一方それぞれペアの片方は外に逃しているということです。

 当設問は冷蔵庫に関することなので、以降、冷やすという観点で話を進めます。

 このエアコンシステムの仕組みから、冷蔵庫もこれと同じ原理で動いていると類推できるというわけで、実際、その原理はまったく同じです。
 ところが、冷蔵庫には室外機が付いていません。冷蔵庫はいわば、エアコンの本体と、熱を外へ逃がす室外機を一体化した電化製品といえるわけですが、しかし冷気を庫内に取り込んでいる以上、暖気をどこかに放出しなければなりません。

 クーラーの場合、部屋全体を大量の冷気で満たす必要があるため、ペアで発生する暖気もまた大量になり、それを外に逃すためにはどうしても室外機が必要になるわけですが、一方、冷蔵庫の場合は、部屋よりもずっと小さいため、必要な冷気も、また逃す暖気も少量で済むわけです。
 したがって冷蔵庫から逃す少量の暖気は、それほど部屋の温度に影響しないということです。
 しかし少量といえども、それをどこから放出しているのか。普通、冷蔵庫は壁や隙間にぴったりくっつけて設置されているため、目にし易い開閉する扉の部分だけを見慣れていることが多いわけです。

 そのため裏側や側面を見たり触ったりする機会が少ないわけですが、実は、放熱板というのがあって、そこから熱を逃しているのです。

 この放熱板は内側と外側から遮断されて、それが埋め込まれているのは冷蔵庫の裏側であったり、天井部分や側面であったりします。
 だから、夏などに冷蔵庫のこれらの箇所に触ってみれば、そのどこかがかなり熱くなっていることがわかります。

 また熱エネルギーを運ぶ役割を果たす物質・冷媒というものを圧縮する装置が、冷蔵庫の裏側の下に収納されていて、これも熱くなるため、裏蓋に空気の取り入れ口を作り、小さなファンを回しながらこの圧縮機(コンプレッサー)を冷やしています。

 さて、ずいぶんと前置きが長くなってしまいましたが、この基本的なことを知っていないと解答に至らないのです。
 最初のただ一つ思いついたという回答ですが、冷蔵庫の扉を開いて、中の冷気を部屋の中に出すという案は、ここまでの説明ですぐにダメだということがわかると思います。

 これだと、扉の開いた冷蔵庫内に部屋の暖かい空気が入り込むため、冷蔵庫はまた急いで冷やそうと本来の役目を発揮し、ますます圧縮機などがフル稼働します。
 するとその分、ますます熱の放出が加速し、結果、部屋の温度はどんどん上がっていってしまうというわけです。

そこで、「その部屋をできるだけ涼しくするには」という課題の「できるだけ」を念頭におけば、まず電源スイッチを切ってから扉を開ける、という回答になります。
 こうすれば、もはやフル稼働という現象は起こらないので、熱も放出されません。ここまでは多くの皆さんも辿り着けたかもしれませんが、解答としては不十分で合格とはならないのです。

 中には、何かひっかけやトリックでもないかぎり、これ以外に方法がないではないか、と言われる方もおられるかもしれません。
 そこで、確かに方法としては間違っていないようなのですが、それらの方たちには冷蔵庫の本来の役目を再考していただくとわかるかもしれません。

 そうです。電源スイッチをどうやって切るのかの、「そのどうやって」が問題なのです。
 冷蔵庫の本来の役目とは、ビールなどの物を冷やすということの他に、中の食材を腐らせないためというさらに重要な役割もあり、いっときもその冷蔵機能を止めることはできないというのが、冷蔵庫そのものです。
 したがって、家庭用の冷蔵庫には電源用のスイッチなどついていないのです。

 もちろんホテルの客室などに備え付けられている冷蔵庫には、スイッチ付きの特別仕様のものや、中には写真のようにわざわざスイッチを外付けにしたものまであります。
 それは、お客の入っていない部屋で、常時、空の冷蔵庫を稼働させる意味がなく、そのムダを省くためです。
 では、家庭用の冷蔵庫の電源はどうなっているのか。普段は見慣れていないことからわからないのは当然かもしれませんが、実は冷蔵庫の裏側から出ているプラグを、コンセントに差し込んであるということです。

 したがって、このプラグをコンセントから抜いて電源を切り、それから冷蔵庫の扉を開ける、というのが正解になります。

 今日、稼働している文明機器の中でスイッチなど付いていないものといえば、稼働していないと役に立たない時計とか電話などではないでしょうか。
 ちなみに、国産第1号の電気冷蔵庫が発売されたのは昭和5年の1930年で、標準価格は720円。当時としては小さな家が1軒建てられるほど高価で、業務用か富裕層にしか売れなかったそうです。

ここで、冷蔵庫の仕組みを分かり易く図解したものがありますので、次に載せておきます。

 冷蔵庫の冷却原理はいたって単純で、水を肌に塗って「フッ」と息を吹きかけると清涼感が得られるのと同じ原理で、水が水蒸気に変化するときに気化熱を奪い、周囲の温度を下げる性質を用いている。
 冷蔵庫でこの水の働きをするものを冷媒と言っており、実際の構造は図のようになっていて、冷蔵庫は圧縮器(コンプレッサー)と二つの熱交換器(冷却器と放熱器)からできている。  庫内に置かれた「冷却器」で冷媒は蒸発して気化熱を奪い、庫内を冷やす。
気体になった冷媒はコンプレッサーの力で液化されて放熱器に運ばれ、庫内で奪った熱を放出する。 この繰り返しが冷却の仕組みである。
参考資料 「 雑学科学読本 身のまわりのモノの技術vol.2」中経出版

 当設問の背景ですが、これは論理思考というよりも明らかに物理の問題です。課題として、冷却の仕組みを知っているかどうかももちろん審査の対象ポイントになると思いますが、冷暖房のエアコンシステムからも類推できるように、その仕組みのことは誰もが何となくわかっているはずだとして、むしろ家庭用冷蔵庫には電源スイッチがついていないことに気づいているかどうか、つまり常日頃、いろんなことに注意の目を向け、日常の中の道理にまで考えが及んでいるかどうかも見ようとしているものです。

 それでは設問116の解答です。

正解

正解116

 冷蔵庫から出ているプラグをコンセントから抜いて電源を切り、それから冷蔵庫の扉を開ける。

 
 では、次の問題の出題背景を考えながらやってみてください。


問題 設問117  シャワー室でシャワーカーテンを引いた状態でシャワーを出すと、カーテンの裾はどの方向に動くでしょうか。シャワー室の外側に向かって動くでしょうか、動かないままでしょうか、それともシャワー室の内側に向かって動くでしょうか。ただしシャワーカーテンは摩擦の抵抗なく吊るされているものとし、シャワーの水は直接カーテンに当たらないものとします。

前号へ   次号へ


 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

出版

連載

新聞、雑誌インタビュー 多数

※この連載記事の著作権は、執筆者および株式会社あーぷに帰属しています。無断転載コピーはおやめください

Page top