その123 |
忘れ易い条件 |
|
||||||
前号の巻頭では、「考える力 必要な時代」と題する新聞記事とともに、その背景として、明日、何が起こるかわからない、すぐには解答が出ない、あるいは学校では教わらなかったようなことに遭遇する局面が、一層頻繁に勃発するグローバル社会の到来によって、未知・未体験の世界での問題解決能力、新たな創造力、いわゆる英知・自ら考える頭脳、つまり独自の素頭で考える地頭力が必要不可欠になってきており、そのため大学入試も、人間本来の「考える力」をさらに伸ばすよう、考える過程を問い、もっと思考力・創造力・判断力・表現力・説得力を見ることのできる方式へと舵が切られたというお話をしました。 つい最近、この「考える力」の価値をはっきりと教えてくれるグローバルな出来事がありました。それは、日本の大企業・シャープがアジアの新興国に買収されるという前代未聞の、まさに明日何が起こるかわからないという今日の出来事です。 この出来事が、なぜはっきりと「考える力」の価値を教えてくれるのか。ここで少々スペースを割いて説明したいと思います。 世界で初めてただ一社、液晶の実用化に成功したシャープが、なぜ今日のような状況に陥ったのか。またシャープだけでなく、ここ数年ソニーやパナソニック、NECなどの大企業が、なぜ大きな赤字を計上したのか。 まずはこの「なぜ」のポイントを見ることによって、はっきりと「考える力」の価値がわかってきますので、そこから説明に入ります。 その形態の変化について初めて言及したのが、台湾のパソコン製造業・エイサー(acer) のスタン・シー会長です。それは1996年、パソコンの各製造工程における価値の概念を述べたことに始まります。 その新しい価値形態とは、従来の工程価値とはまったく逆の形になっており、部品やモジュール産業の川上工程と、販売やマーケティングの川下工程で高く、その中間にある組立産業の工程では低くなるというものでした。(スライド②) しかし当時はインターネットが産声をあげたばかりのころで、それは一部のパソコン業界に特有な現象だとして、あまり注目を集めるということもなかったのですが、その後、時が経つにつれて、工程をさらに増やしたものでも、パソコンはもちろん半導体製造や電子機器分野一般、そしてその他多くの成熟産業にも当てはまるようになってきたことから、世の中に広く認知されるようになったのです。 その価値の高さを工程図の中でトレースした線が、人の笑っているときの口の形に似ていることからスマイル曲線と呼ばれています。(スライド③) 例えば、シャープを買収した鴻海(ホンハイ)精密工業は、自分のブランドは持たずにスマートフォンや薄型テレビなど、電子機器の受託に特化した年商15兆円の組立企業であり、また台湾のTSMC社も、やはり自分のブランドは持たずに世界の半導体を受託生産する年商2.5兆円の製造企業となっていったのです。組立分野に限る特化です。 そこでは、例えば彼らの主な依頼主にあたるアップル社やヒューレット・パッカード、クアルコムなどが出す企画/設計/素材/部品などの指示にしたがって組立て、製品を納めているわけです。 この依頼主と受託者の生産スタイルが横並びの関係にあることから、これを水平分業体制と言い、一方、自社内で企画設計から製造工場、販売までの全ての設備を持つスタイルを垂直一貫体制と言っていますが、シャープはもちろんこの後者。 この後者は、万全の機密保持ができるメリットがある一方で、例えば半導体製造を1つとっても、その緻密度が増す都度、クリーンルームの建設・維持・管理には莫大な投資が必要となり、シャープでは亀山と堺の液晶工場への膨大な新たな投資が、組立完成品の需要減少や価格の下落により足をすくわれる形になったのです。 この点アップル社は、製品のコンセプトや設計は手がけるが、製造は100%アウトソースしており、競争力の源泉を斬新な製品企画やデザインに置いて、製造のコストダウンは人件費が廉価なアジアなどの委託先に任せてマーケティングに励むという、そこでは完全水平分業体制にシフトしたビジネスモデルができあがっているというわけです。
中国から米国への輸出単価は144$ (16,704円)だが、部品を海外から購入しているので、中国の実質の対米黒字額は組み立て分の単価4$(464円)程度。 一方コンピューターのIBMは、かつては売上の100%がハードウエアでしたが、2015年にはそれが9.3%、ソフトウエア販売は28%に、ところが会社の純利益率はなんと16.1%。日本の大手電機メーカーは多くても5%台です。 さて、国際水平分業の利に最も早く気づき、大学修士レポートに「高品質の靴を米国で設計し、低賃金の労働力のアジアで効率的な生産を行えば、ビジネスとして成功する」とまとめてそれを卒業後に実行し、のちに巨万の富を得たのが、スポーツシューズメーカーのナイキ創業者、フィル・ナイト青年で、それは1962年の論文でした。 そして卒業後に創業。当初、シューズ業だけで生活を賄えなかったため、傍らで会計学の大学講師をやっていた青年は、1971年、創業時の社名「ブルーリボン・スポーツ」のブランド名を、ギリシャ神話・勝利の女神のニケにちなんでNIKEに変えるとともに、「動きを表現するロゴマーク」の作成をデザイン専攻の女子大生に、時給換算にして1時間2ドルで依頼したのです。 ナイキのほか、今日この水平分業型の依頼主側で大きく成功している代表的な例が、アップルやユニクロ、DELLなどです。 さらにその上、このような国際分業という新しい切り口による潮流の変化を理解すると、肝心のポイントである「考える力」の価値がわかってきます。 残念ながら、シャープの経営トップがこのスマイル曲線という変化の潮流に気づかなかったか、あるいは甘く見ていたということになります。 さて、前号の巻頭内容の続きとしてスペースを取ってしまいましたが、それでは今号の設問に入ります。
前号と今号の巻頭のスペースを割いて、大学入試に関連した内容を見てもらいましたが、この機会に今号の設問は学習院大学の入試に出た問題を取り上げてみました。 まずこんな人はいないと思いますが、全部で172個ある球の中からAにある5個の黒球を取り出す確率と考えて、5/172=0.029。 次に考えられるのは、問題文に「今、でたらめに1つの箱を選び」とあることから、そこで考えられるステップとして、まず箱Aを選び、次にそこから黒球を選ぶという2段階における確率で、それは1/3 x 5/40 = 1/24 = 0.04166・・・。結果、確率は4.2%弱という回答です。 しかしこのケースも、あまりにも単純で簡単です。ここでおそらく気づくはずです。 そこでその中身が詳しく明示してあるということから、もう一度問題文をよ〜く読んでみると、「取り出した球が黒球であるとき」とあるように、すでに球を取り出した後での質問であることがわかります。それに続き、その黒球と箱Aの関連性を訊いているわけです。 つまり、どの箱を選んだかはわからないが、最初にわかったことは、出てきた球が黒だったという点で、球を取り出す前の状態から考えた前述の2段階のシチュエーションとは違うということです。 こう述べても一体どこが違うのか、それでも納得がいかない人もいるかもしれません。「取り出した球が黒球」で、それが箱Aのものである確率なんだから、同じことを述べているだけで、結果として前述の2段階で求めた確率と同じになるのではないか、との声です。 しかし、考え方としての順序が違うと、その確率も違ってくるということなのです。最初に黒球が出てきたということは、どの箱からの球かわかりません。
この値を見ますと、球を取り出す前の2段階で考えた確率 4.2%弱と、この50%との間にはとんでもなく大きなへだたりがあり、直感的な日常感覚からはにわかに信じがたい結果となっています。
これから起こると予想される確率ではなく、すでにある行為が行われた後で、その起因となる確率が求められているという、この設問の本意をしっかりと理解できるかどうか、また要点さえわかっていれば素早く計算できる問題であることから、その回答スピードも見ようというのが、当設問の背景です。 それでは設問123の解答です。
では、次の問題をやってみてください。
|
前号へ | 次号へ |
ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult
of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most
creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。 |
執筆者紹介
テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)
出版
連載
新聞、雑誌インタビュー 多数
※この連載記事の著作権は、執筆者および株式会社あーぷに帰属しています。無断転載コピーはおやめください