前号の巻頭では、日本橋公会堂で開催した講演「どう変わる インターネット社会」の概要をお伝えしましたが、スペースの関係でコンピューターの人工知能が人間の知能を超える特異点、シンギュラリティについては割愛しました。
そこで今回、それについて少々触れておきます。
シンギュラリティとは、一般に特異点という意味ですが、コンピューターの進化に関連づけて、それを人工知能が人間の知性を超える時点として、2005年に出版されたThe Singularity Is Near: When Humans Transcend Biologyの中で使ったのが、アメリカの発明家で未来学者のレイ・カーツワイルでした。
まず彼の予言が的中していることから見てみます。彼が42歳のときの1990年にThe Age of intelligent machinesの中で、まだインターネットのかけらもないとき、つまり物理的な通信の技術はあったものの、画面上に情報を出して、世界中の誰もが読めるように表示するための技術(ブラウザー)がなかったとき、今日普及しているインターネットシステムを予言、またコンピューターがチェスの世界チャンピオンになることも予言、それらを的中させていることから、以降注目される人物となりました。
このブラウザーのリリースは、Netscapeが94年12月、Microsoftは95年8月。コンピューターがチェスの世界チャンピオンを破ったのは1997年。いずれも5年〜7年もの先読みで的中させています。
またずっと後の2012年、将棋の世界でも名人に勝利するのですが、しかしその時点で、囲碁の世界だけは永遠に勝てないだろうと言われていました。なぜなら、チェスと将棋の指し手は、それぞれ10120、10220通りなのに対して、囲碁は10360通りもあるからです。宇宙に存在するすべての原子の数でさえ1080通りです。その可能な指し手一石一石をあらかじめプログラムに組んでおくなどということは、不可能な話なのです。
しかしそんな中で、昨年の3月には韓国の、今年の5月には中国の囲碁チャンピオンを破ってしまい、もはや囲碁の世界でも人間はコンピューターに勝つことはできないだろうということになりました。
なぜ不可能と言われていたことが、こんなにも早く可能になったのか。
それはコンピューターの記憶容量が、年々指数関数的に大きくなり、ビッグデータを容易に取り扱うことができるようになったこと、そして演算スピードが、やはり飛躍的に高まっていったからです。
囲碁で世界チャンピオンを連覇したコンピューターのアルファ碁には、一切プログラム入力はしないで、ただ膨大な量の局面画像を読み込ませ、またアルファ碁同士の対局をさせただけです。
実際、読み込んだ画像の数は15万局分、1局平均110手ほどならば、15x110=1650万画像。また対局は約4500万局分のシュミレーションです。
画像は文字と違って、ケタ違いの記憶容量を必要としますが、そのビッグデータの取り込みや、また膨大な量の演算も可能となり、この進んだ環境の中で、個々の特長を割り出して顔やモノを認識できるいわゆるコンピューターが眼を持つことを可能にした新ソフト・ディープラーニング手法により、各局面の好手パターンを認識し、自ら学習していく人工知能ができあがったというわけです。
この囲碁の件以降、一躍、人工知能の話題が沸騰し、シンギュラリティも話題にあがるようになったわけです。
カーツワイルは、2045年頃をコンピューターの演算能力が人間の脳の100億倍にもなる技術的特異点と予測しておりますが、ただ人工知能が人類史上初めて人間よりも賢くなる年は、当初予想していたよりも早まって2029年頃になると、今年2017年の3月、テキサス州で開催されたコンファレンスで述べています。
2030年と丸めた数ではなく2029年としているところは、急速に人工知能のブレークスルー研究が世界的に広がって、何か根拠とする背景があるものと思われます。
ここでカーツワイルが2005年、57歳のときに出版したThe Singularity Is Nearの中で述べていることを2、3取り上げてみますと、それらは驚いてしまうことばかりです。
- 脳をスキャンしてアップロード。 人間の脳をスキャンしロボットにインストールするというもので、その人の人格、記憶、技能、歴史の全てが取り込まれるとしている。
- ヴァーチャル・リアリティ。 5感全てを組み込んだバーチャル・リアリティ環境により、現実のオフィスを使う理由はまったくなくなり、どこでも好きなところに住んで仕事をするということになるとしている。
- ナノロボット。10億分の1メートル、1千万分の1cmという大きさの自ら運動する血球ロボットを血管に流し込めば、血液が自動的に流れることになり、ポンプの役目をしている「心臓」が不要になる。栄養やホルモンなども血中のナノロボットたちが提供し、他の臓器も不要になる。残るのは骨格、皮膚、生殖器、感覚器官、口と食道上部、そして脳くらい。
- 老化のコントロール。ナノ医療によって、あらゆる生物学的老化を継続的に止めるだけでなく、現在の生物学的年齢から本人が希望する年齢へと若返られるようになる。今は人間というハードウェアが壊れると、生命というソフトウェアも一緒に消えるが、しかし脳に納められた数兆バイトもの情報を保存し、復元する方法がわかれば、精神の寿命は、個別のハードウェア媒体の永続性には依存しなくなる。だからソフトウェアをベースとする人間はウェブ上で生きてゆき、必要なときや、そうしたいと思ったときには体を映し出す。
などなど。
これらは、まさにSFの世界を彷彿とさせ、誰もが「現実離れしてあり得ない話」と感じてしまいますが、しかし「21世紀初頭には、手のひらサイズの小さな装置で、世界中の人と無料で音声やメールでコミュニケーションができるようになっている」と100年前の日本人に説明したら、同様に「あり得ない」との反応が返ってくるのではないでしょうか。
そのシンギュラリティについて、実現年次に多少誤差はあるかもしれないが、今後30年前後で必ずその時がくる、と断言しているのが、ソフトバンクの孫正義社長です。
孫氏が昨年のソフトバンクアカデミアの特別講義で語ったときのその概要は、次号でご紹介いたします。
それでは今号の設問に入ります。