連載

あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
バックナンバー

その4:磁化が解き明かす地球の歴史
前号へ
  次号へ

 前回の出題は、回答が1つどころか無限大のさらに無限大もあるという、とほうもない設問でしたが、その出題背景は応募者がどこまでその可能性を追求する資質を持っているかを問う問題でした。では、その設問の中の北極点と南極点に関連派生する問題として、

問題 設問4 北極点または南極点での「風向き」は、どう表現するか、 またそこで方位磁石を置いたらどうなるか。

の回答に移ります。


風向きの表現


  地球の自転軸が地表と交わる点、それが北では北極点、南では南極点になりますが、それぞれを緯度で表現すると、赤道の0度を基準にして北緯90度、南緯90度の地点です。
 しかし、東西方向の位置を示す経度となりますと、すべての経度の集約終着点がこれらの両極点になりますから経度はなく、その度数表現はできない特異点となります。
 したがってこの特異点においては東西方向がないため、北極点ではすべて南からの風、南極点ではすべて北からの風となり、通常表現されるような風向きなどはないのではないか、という疑問が出てくるわけです。
 しかしこれだと、基地のない北極点は別として、実際に南極点にある米国のアムンゼン・スコット基地などでは、気象観測データの分析や、あるいは詳しい資料として残しておくのに困るわけです。
 そこでこの基地では、便宜上の風向きを設定しています。その表現の仕方は、経度0度を北、経度180度を南、中間の90度をそれぞれ東、西として、たとえば180度の方向からの風は南の風というように表現しています。
 実際、日本の気象庁には、このような表現でデータが送られてきているそうです。次に方位磁石の解答に移ります。


両極点における方位磁石

地磁気
 地球は大きな磁石になっていて、その磁力線が南極方向から出て北極方向に入っていることは誰でも知っていることですから、たとえば北極点で糸に吊り下げた立体的に自由回転できるよな磁針をたらせば、磁針は垂直になって北を示すそのN極が真下を指すだろうという回答と、それが水平を保つ通常の方位磁石だったら方向が定まらずクルクル回転するのではないかという回答が予想されます。
 さて、そもそもなぜ地球が磁石になっているのか、その中身を見ることが、この設問への回答に迫る重要な部分を担っています。しかし現代科学をもってしても、まだその磁石化の原理がはっきりと解明されているわけではありませんが、次のような「流体ダイナモ説」が最も有力な説となっています。
 それは、もともとある地球磁場の中で、地球内でどろどろに溶けた鉄などの導電性物質が、熱による対流や地球の自転などに起因する運動によって電流が生じ、この電流により、もとの地球磁場を常に保つような性質の磁場を発生、維持しているとするものです。
 その磁力線が地表に集中している地点が、それぞれ「北磁極」「南磁極」です。それは地球の自転に起因するところが大きいことから、自然とその両磁極は自転軸に沿った南北に位置するようになっているのですが、対流など他の要因もあるため、この「北磁極」「南磁極」とも、地理学的極点に過ぎない北極点や南極点とはまったく一致しません。また、地球を挟んで対称の位置にもきていません。それどころか、これら磁極は毎日移動していて、年に10km以上も動いています。
 公表されている2004年の「北磁極」は北緯82.8度 西経116.2度、「南磁極」は南緯64.6度 東経138.0度です。「南磁極」などは随分と南極点から北にずれていることがわかります。
 さて、磁石の磁針はこの磁極を指すわけですから、もしこの北磁極の上で立体回転ができるようにした磁針をかざせば、磁針の北を指すN極(North)が真下の北磁極を指して垂直になります。南磁極ではS極(South)が真下を指すことになります。
 そこで、北磁極で通常の水平の方位磁石を置けば、N極の磁針が真下を指そうとして、垂直方向に限界まで振れられるだけ振れて止まることになります。
 また、日本で方位磁石の指す北は、たしかに北の方向には間違いありませんが、北極点ではなく、正確には毎日移動しているこの北磁極を指しているわけです。
 さて、ここまでくれば方位磁石の設問に対する解答もわかってきます。つまり、北極点に方位磁石を置けば、そのN極が北極点からずっと離れているところの「北磁極」方向を指し、南極点に置いても同様、そのS極が南極点から離れている「南磁極」方向を指します。真下を指したり、クルクル回ったりすることはありません。
 両磁極の位置は毎日変わっていますので、その緯度、経度の数値までは答える必要がないでしょう。


正解 正解4 観測基地のある南極点では、便宜上の風向きを設定している。また、北極点に方位磁石を置けば、そのN極が「北磁極」方向を指し、南極点に置けば、S極が「南磁極」方向を指す。(真下は指さない。)

 この設問はゲイツの出した問題ではありませんが、北極点と南極点に関連して私自身が考えてみたものです。

ちょうどよい機会なので、観測基地のある南極点に関すること、及び、地球の磁化分析から判明したたいへん興味深い話を次に掲載しておきます。


北極点、南極点の位置


  北極点と南極点はただ一点しかありませんが、ここが北緯と南緯の90度の極点だと一旦決めて目印のポールを立てても、そこは氷の上なので氷とともに動いてしまいます。
 北極のように海の上に浮かぶ氷床上はもちろん、たとえ陸地の南極といっても、南極点基地はその上にある厚さ2700mの氷床上にあり、実はその氷床が1年に10mくらいの速さで西経43度の方向に動いているのです。
 したがって、南極点基地では毎年1月1日に、正確な南緯90度の地点を測定してポールを立て直しています。しかし今日では南極に出向く観光客も多いので、この真のポールとは別に、1959年、南極条約に最初に署名した12ヶ国の旗に囲まれた観光訪問者用の南極点ポールが立てられています。(前号の写真参照)



南極点の日の出、日の入りの回数

南極点の日の出、日の入り
 
図1
 南極点での日の出、日の入りは1年で1回しかありません。その定義から、日の出とは太陽が地平線から顔を出す瞬間であり、また日の入りとは太陽が地平線から完全に消える瞬間を言います。このことと、南極点では常に太陽が地平線と平行に動くことを考えれば、日の出、日の入りが1年で1回しかないことを理解できると思います。
 実際、そこでの日の出の様子を
 http://polaris.isc.nipr.ac.jp/~asi-dp/index-j.html の中のムービー(Windows Media 0.8MB)画面を参照していただくと、さらにはっきりとわかるでしょう。 
 この日の出、日の入りの定義のために、春分や秋分の日における昼夜の長さが一緒にならないのです。本来ならば、太陽の中心が赤道の真上にくる春分や秋分の日には、昼夜の長さが一緒になるはずです。
 図1からわかるように、Bの位置が日の出,Eの位置が日の入りとするなら昼夜平等になりますが、定義では少しでも太陽が地平線から顔を出していれば昼に入るということですから,昼のほうが少し長くなるわけです。
 このことから、日本で昼夜一緒の長さになるのは、春分の日の4日くらい前、秋分の日の4日くらい後ということになります。

南極点観測基地で設定している標準時

 
 このように太陽が地平線と平行に動きく南極点では、日の出、正午、日没といった現象がないため、太陽の動きに従った時刻概念がありません。したがってそこでは人の便宜に合わせて、何を標準時に設定してもいいことになります。
 現在、南極点の基地では、移動したり物資輸送の拠点となるニュージーランドの標準時を使用しています。そこでは面白いことに、ニュージーランドに合わせたサマータイムも存在しています。
 ちなみに日本の昭和基地では、実際の経度に合わせた時間を使用しています。また、郵便番号は千代田区とみなされ、100-0000です。

磁極移動分析が明した大陸移動説


 岩石の中には鉄など磁気を帯びる鉱物がたくさん含まれていて、これらが溶岩として溶けているとき、その磁気は地球の磁力線の方向を向きます。つまり、溶岩の中に浮いた状態では、この小さな方位磁石は上下左右どんな方向にも自由に向くことができるので、すべて磁極の方向を向いて揃った形で冷えていきます。溶岩が冷え固まると、その向きは半永久的に保存されます。
 これら保存されている磁化の方向とともに、その溶岩や周りの岩石ができた年代を調べれば、いつごろどういう方向に磁極があったかがわかります。
 この原理を用いて、ヨーロッパ大陸と北米大陸の岩石に残された磁化の方向から、古生代カンブリア紀(5億年前)〜現在までの北磁極移動の軌跡を再現したのが図2-1です。


図2-1 図2-2
図 2-1   図 2-2
 

  図2-1の中、(A)がヨーロッパ大陸岩石からわかった北磁極移動の軌跡で、(B)が北米大陸のそれです。本来、北磁極は1つしかないはずなのに、これだと2つあることになり、矛盾が生じてくるわけです。 
 そこでヨーロッパ大陸と北米大陸が過去には1つであったと仮定して、両者の軌跡を図2-2のように移動してみると、軌跡の中程の時期において、2つはピッタリ一致します。
 もしこの時期には両大陸は一つであり、その後離ればなれになったと考えれば、その矛盾は完全に解けるわけです。これが大陸移動の動かぬ証拠となったのです。
 さらにこの大陸移動説が発展してプレートテクトニクス論が確立され、地震のメカニズムも解明されました。飛び飛びにあるハワイ諸島の一番米国寄りのハワイ島が噴火を続けているのに対して、それよりずっと昔の火山島であった一番日本寄りの島が海に沈んで行きつつある事実も、これらの島が岩盤プレートに乗って西に移動していると考えれば、明確に説明がつきます。
 重なっている地層の分析からわかったことですが、驚いたことに地球のN極とS極は過去何回も方向の反転があり、最も新しい反転は約70万年前であったと推測されています。なぜ反転するのかその明確な回答はまだわかっていません。
 また磁気嵐という言葉をよく聞きますが、京都大学でサービスしている
 http://swdcwww.kugi.kyoto-u.ac.jp/birth/index.htmlでは、自分の生まれた日の地磁気的な擾乱度を知ることができます。 古代に残された磁化の方向分析は、また次のような生物の進化という分野ではかりしれない貢献をしています。

古代生物の種、謎の大爆発


 16億年もの長い間続いた単細胞生命体時代が終ったあとの今から21億年ほど前、なぜ突然、高度複雑な真核細胞が生まれてきたのか、さらにその真核細胞時代がやはり16億年間も続いたあとの今から5億年ほど前(カンブリア紀)に、なぜ突然、生命体が大型化し、さらにそれまで30種ほどだった生命体の種類が一気に13,000種類と爆発的に増えたのか、長い間どうしてもその理由がわかりませんでした。

単細胞と真核細胞
単細胞 真核細胞

 この謎の解明に糸口を与えてくれたのが、この岩石内の磁化データでした。
 迷子石というのがあります。周りの風景になじまない、ただ1つポツンと取り残された石や岩です。その成分も周りの岩石などとはまったく異なっており、地質分析などの結果から、これらは氷河に削り取られたもので、その氷河の上に乗って下方に運ばれたのち、氷河が溶けて取り残されたものとわかりました。このことから迷子石の存在は、大昔そこに氷河があったことの裏づけになります。

迷子石   迷子石   迷子石
迷子石

枕状溶岩
 南アフリカでたくさん見つかった堆積岩の迷子石。その中には枕状溶岩が収まっていました。枕状溶岩とは、海の中で噴出、流れ出した溶岩が、急速に冷えるため枕状に固まるものです。ここで発見された迷子石は、その上に土砂などが降り積もってできあがった堆積岩で、その後地上へと隆起したそこの地層を氷河が削り取って迷子石にしたものです。
 前述したように、溶岩は出来た当時の磁力線方向を永久保存していますから、その枕状溶岩の磁化状態を詳しく調べてみたのです。すると、どの迷子石でも11度近辺という低い緯度、つまり赤道近くでできたものであることがわかったのです。つまり赤道近くに氷河があったということ、これは地球全体が氷で覆われていた全地球凍結の証なのだそうです。
 赤道近くまで広がる氷の大地でどんどん太陽熱が反射され、また氷で覆われた始めた海からは水の蒸発もなくなり、カラカラの地球上で氷化が加速していった結果、最新の研究によれば、すべての陸上は数千mの厚さの氷床が覆い、海も厚さ千mもの氷に閉ざされたとのことです。
 では、なぜ溶岩の磁化状態でそこの緯度がわかるかといえば、前述したように磁針が北極や南極に近いほど垂直になり、赤道に近いほど水平になるからです。普通、土砂は水平に積もっていくので、堆積岩の地層の傾きは当時の水平と考えられます。そして海底で流れ出し水平にできあがる枕状溶岩。この溶岩に残された磁化方向とそれを包んでいる地層との傾きの度合いを調べれば緯度がわかるというわけです。

生命体の大型化・種の大爆発
 この枕状溶岩や堆積岩のできた年代、つまり全地球凍結の時代は24〜22億年前と8〜6億年前と判明しました。突如、真核細胞が生まれた21億年前、および突如生命体の大型化・種の大爆発が起こった5億年前の寸前に、これら全地球凍結が起こったというタイミングの一致から、調査研究が進められた結果、全地球凍結のあとで膨大な酸素が作り出された証拠が鉄鉱山やマンガン鉱で見つかりました。この膨大な酸素の供給により、新陳代謝の活発化と大型化の元であるコラーゲンが作られ、生命体の大進化へとつながっていったことがわかってきたのです。
 なぜ、全地球凍結が起こったのか、また何が凍結を終わらせたのか、過去の灼熱球と全地球凍結という2種類の過酷な地球環境の中を、どのようにして生命体は生き残っていったのか、その詳しい内容に興味ある方は、気象学上、生物学上、地質学上、すべてに一貫してつじつまの合う説明のつくようになった最近の研究を、分かり易くまとめたNHK出版の「地球・大進化」シリーズをご覧いただければおわかりいただけると思います。

アレシボ巨大電波望遠鏡
 もし地球が母の胎内のように穏やかで安定した星だったなら、生物は進化せず、高等動物も生まれなかった。環境の大変動こそが生物を大きく進化させ、やがては知的生命を生む起爆剤になったことがわかってきたのです。
 全地球凍結の確たる論文が「サイエンス誌」に発表されたのは1999年と、ごく最近のことで、その後、それを裏付ける証拠が世界中で次々と出てきています。そして、宇宙のどこかにいるかもしれない知的生命からの電波を捕えようと、これまで環境の安定した星団方向をターゲットにしていたアレシボ巨大電波望遠鏡の探査基本方針は、それ以来、
大変動の要素をはらんだ星にこそ知的生命は生まれる」として大きく変えられました。

 大変革。低迷していた阪神や日産のV字回復はチームや社内の大改革によってもたらされました。すべての進歩・発展は従来の殻を打ち破る改革によってもたらされることは、過去多くの事例が証明しています。このことはスポーツ界やビジネス界に限らず、政界においてもまたしかりです。
 その意味で、政界官界の旧弊を徹底的にぶち壊し、ドラスティックな改革を断行していって欲しいという多くの人々の熱い思いが、今度の衆議院議員選挙の結果に反映されたのではないでしょうか。

 ではビル・ゲイツの出す次の設問

問題 設問5 マンホールの蓋はなぜ四角ではなく丸いのか。

 を、次回までに考えてみてください。
 また余裕のある方は、その背景にある出題意図も考慮しながら、次の設問も考えてみてください。

問題 設問6 新築した家の玄関に、3つの部屋それぞれに通じる照明用スイッチが3つ付いている。いずれの部屋の照明も玄関からは見えず、互いの部屋からも見えない。どの部屋でもいいが、最初ある部屋に1回行くだけでその部屋用のスイッチがどれなのかを、確信を持って当てるにはどうするか。

前号へ
  次号へ


 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle.How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また全地球凍結の内容はNHK出版の「地球・大進化」シリーズを参照しています。なお、連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

出版

連載

新聞、雑誌インタビュー 多数

※この連載記事の著作権は、執筆者および株式会社あーぷに帰属しています。無断転載コピーはおやめください