その70 |
大胆な発想ができるかどうか |
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設問に大きな数字や量が出されているとき、あるいは設問がいかにも複雑なように見えるとき、そんなときは小さな数字や量、あるいはシンプルな形や極端なケースに置き換えてみると、意外にも簡単に解けてくるという重要なメッセージをこれまで度々お伝えしてきました。 このことは、前例の設問69にあった競輪選手との競争問題だけでなく、設問7の赤白50個玉の確率最大問題、設問22のテーブル上の10円玉置き問題、設問33の天秤による玉の特定問題、設問43のロッカーの扉問題、設問47のトランプ確率問題、設問49の村の女王問題、設問51の海賊による100枚の金貨配分問題、設問63の粉末混合問題などなど、すべてこの方法で解くことができました。 これらの事例の多さから、正解への突破口、糸口、手がかりとしていかにこの方法が重要であるかがおわかりいただけるものと思います。 また前問でもう一つ、地頭力にちなんで洞察力の話をしました。出題者側が、問題の構成上、応募者に尋ねたくても尋ねることができない問題の一例として解説しましたが、そこのところを汲み取るだけの洞察力を働かせていただくべく、それは格好の問題だったということです。 では今号の設問はいかがでしょうか。
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さて、今回も最初からその洞察力が関係してきます。というのも、その設問文のあとに“今回は夏休み用の特別思考問題です。家のくつろいだ中でやってみてください”という事務局のコメントがありますが、そこに何かを感じませんでしたか? 一方、設問そのものを見てみますと、一番早い光のスピードをもってしても1.3年もかかるほどの距離を、1年以内で行くにはどうするか、と問われているような出題で、初めからまったく無理とも思える、どこかひっかけやワナが仕組まれている設問ではないのか、真面目というよりもトンチを利かして解くような設問なのではないか、と思われた皆さんも多かったかもしれません。 たしかにこれまでとは一風変わった設問のようですが、決して間違っているわけではなく、またトンチ問答の類でもない設問です。 しかし、残念ながら正解に至る回答はありませんでした。ここに応募いただいた多くの皆さんにその結果をお知らせするとともに、この場をお借りしてお礼を申し上げます。 今後もこのような機会に一層奮起していただき、どしどし応募をしていただくことを願っています。 さて、設問のタネを明かせば、これはビル・ゲイツが出した問題ではありません。実は、物理学に関連して私が出題したもので、これは特殊相対性理論を分かり易く理解するための問題だと言ってもいいかもしれません。 それでは解説に移ります。 先ごろ、光よりわずかに速いニュートリノ素粒子があるのではないか、という国際研究グループの発表した話題が紙上をにぎわしていますが、まだ認証されるまでの実証が不足していて市民権を得たわけではなく、設問にもありますように、現在わかっている限り光速がこの世で一番早いということ、そしてもう1つ重要なこと、それは、真空中の光の速さは光源の運動状態に無関係に一定である、という光速度不変の原理です。 え? 光源の運動状態に無関係? それはおかしいではないか、たとえばエスカレーターの階段を歩いて登っている人は、エスカレーターに乗ってそのまま動かない人よりも明らかに早く上に進んでいる。時速xの速度で走っている電車の中を、その進行方向に人が時速yで走っているとすれば、最終的にその人の速度は、時速x+yになる。 しかし、実際にはそうならないことが、いくつかの実験で確かめられています。ヨーロッパの合同素粒子原子核研究機構・CERNで、光速の99.975%ものスピードで飛ぶパイ中間子の光源から発せられた光の速度は、2倍のスピードにはならず、やはりそのまま通常の光の速度30万キロメートル/秒でした。 その解答は、日常生活での速度というものが光速に比べてあまりにも遅いためです。実際、あなたが電車の外から、電車とその中を走る人を見ているとします。 そうするとまた1つ疑問が出てくると思います。どんな場合でも光速度不変とするとつじつまが合わないことが起こるという疑問です。そう思った方たちはアインシュタインと同じ頭脳の持ち主です。というのも、この疑問が特殊相対性理論に結びついたからです。 まず、電車の中の床に光源があって、その光源から今度は真上に向けて放たれた光を電車の外にいるあなたと、電車の中にいるあなたの友人が見るとします。 電車の中で友人が1秒後に見るまっすぐ天井に到達した光の飛距離はもちろん30万kmですが、しかしあなたの見る斜めに進んだ光の長さはあきらかにそれよりも長くなっています。しかし光速度不変だとしたら、1秒後のこの斜めの光の長さも30万kmでなければなりません。直角三角形などはできなく、矛盾します。 そこで時間の進み方が違うとしたなら、どうなるか。光速をc km/秒、電車の速度v
km/秒、友人の1秒に対しあなたの時間がt秒とすると、この直角三角形は図2のようになり、ピタゴラスの定理からで、になります。 この共有世界を図にすれば、電車の横軸の長さが一点になって、図2の赤と青の線が重なり、図3のような1本の垂直な棒線が立っている状態になるわけです。 つまりあなたから見て、高速で移動している友人の時間は遅れ、ゆっくり進んでいるということです。ここでおわかりのように、それぞれの立場にいる人にはそれぞれの時間があり、光のような高速で移動する場合にはその違いが顕著に現れてくるということです。 ここまできて、なんとなく設問が解けてきそうですが、どうもまだはっきりとしないという方たちには、具体的な数値を入れてやってみればわかります。 仮にロケットのスピードを光速の60%としますと、v=0.6cで、の式から
と出ます。つまりロケットの中の1秒は地球では1.25秒、ロケットの1年分は、地球の1.25年分に相当します。 したがって光速の60%でロケットを飛ばしても、ロケットの1年分では地球から見た1.3光年の距離に到達できないことがわかります。もっとスピードを上げねばなりません。 結果、切りのいいところとして、光速の80%でロケットの1年分を飛ばせば、地球から見た1.3光年分の距離は充分に進むことができ、ロケットは爆発前に地球に戻ることができるということです。 ここまできて、設問の半端な数である1.3光年の意味がおわかりになったかとも思います。それは式の中の平方根が開きやすく、計算し易くなる配慮からです。 こうして三角形のピタゴラスの定理と光速度不変の原理を知っていれば、特殊相対性理論を知らなくても、卓上計算機やパソコンを使って、自ら解答が導き出せるということで、その出題背景は、定理や原理の下で日常の常識とは相容れないようなことが出てきたときに、その日常の常識をくつがえせるような大胆な発想ができるかどうか、を見ようとするものです。 それでは解答です。 |
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さて、皆さんの中でこのような解答を初めて体験される方たちは、特にその中で地頭力の働く方たちは、どうもすっきりしないという2つの矛盾点に対する疑問が出てくるのではないかと思います。 |
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ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult
of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most
creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。 |
執筆者紹介
テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)
出版
連載
新聞、雑誌インタビュー 多数
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