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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その75

最終状態を考えてみる(その2)

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 前問の試写会の設問は、100人もいるお客を最初から順番に考えていくことを始めてしまうと、明らかに迷路に入り込んでしまうような問題でしたが、逆に発想を変えて最終状態にポイントを置いてそこからを考えてみると、まさに数秒で解けるということがわかる問題でした。

 では、今号の問題はどうでしょうか。

問題 設問75  ロッククライミングの基礎的トレーニングを済ませたあとで、あなたは専門家の先生とともに裏道を通って断崖絶壁の頂上へと連れてこられました。そこでいきなり先生からこう言われました。「登山ではいつ何が起こるかわからない。今、おまえはたった1人でこの垂直に切り立った絶壁を、このロープ(ザイル)を使って降りなければならなくなった。この絶壁の高さは120m、その真ん中60mの高さのところには足場とロープを縛り付けることのできるるハーケン(クサビ)が打ってある。もちろんここ頂上にもハーケンが打ってあるが、残念ながらロープの長さは90mしかない。ロープを切る必要があれば、このアーミーナイフ(折りたたみ式)を使ってもいいが、ロープの太さを半分に割いたりして今の太さを少しでも変えると、おまえがぶらさがったときには、たちどころに切れてしまう」と。さて、あなたはどうやって降りますか。

絶壁
ロッククライミング

 簡単に解けるような問題ではないことは、すぐおわかりだと思いますが、これまでの連載をまったく知らないで、初めてこの設問に挑戦される方は、どのような解き方をされるでしょうか。
 まず、絶壁の頂上から一番下までに届くロープの長さが足りないこと。また、頂上のハーケンにロープの一端を結びつけて、真ん中の足場までは降りることはできるものの、そのあと、その結び目を解いて再度使わない限り、下まで降りることはとうてい無理な内容です。そこで、その結び目を何とか解く方法を、と考えた方たちも多かったのではないでしょうか。

 一方、これまでこの連載をずっと愛読している皆さんは、その手がかりや糸口、あるいはその突破口となる対処法を考えるため、過去の設問例の中に似たような問題がないかに、思いを巡らされたことと思います。
 そしてこのような紐状のものの長さを取り扱っている唯一の設問として、設問15の導火線問題を思い出されたかもしれません。

 しかし設問15は、「長さ」に「時間」というものを絡めた問題であり、それに対してこの絶壁の設問は「時間」とはまったく関係のない問題のようで、参考にはなりそうもありません。
 したがって、まったく新しく思考を巡らさねばならない設問ということになります。それゆえに、連載愛読者の皆さんの中には、前述の初めて挑戦される皆さんと同様、やはり頂上での結び目を何とか解く方法に思いを巡らされたという方も、おられたかと思います。

 この結び目を解くという考え方は、ロープを再利用しなければ、どうしても下まで降りることはできない、ということからくるものですが、では当設問の解答への手がかりなり糸口、あるいはその突破口となる対処法とは何か。
 そこで、前問を思い出してみていただくとわかることがあります・・・、と解説したとしたら、“とんでもない、前問を思い出したところで、中身や求める解答分野もまったく似て非なるもの”とのご意見を頂戴しそうです。
 しかし、実はおおいに似ているところがあるのです。

 それは何かと言えば、人間の行動が問題になっていて、その時系列となっている行動を順に考えていかねばならない点です。前問では試写会に並んだお客が、順番に最後まで進む過程を考える必要がありました。これと同様、今回の設問も絶壁の頂上から一番下まで降りていく過程を考えねばならないということです。
 そこで、前問をどのようにして解いたかを思い出していただくと、必然的に今回の設問を解くヒント、つまり手がかり、糸口、突破口がつかめ、それが解答への重要なポイントにつながることがわかってきます。

60mのロープ

 前問の手がかりとなったことを思い出していただくと、それは最終状態を考えてみるでした。
 では今回の「最終状態を考えてみる」とはどういうことか。それは一番下に到達した状態、つまり真ん中の足場から少なくとも60mのロープを使って降りてきている状態です。
 ということは、真ん中の足場にいる時点で、自由に使える60mのロープがなければならないということ、これが糸口であり、突破口になるわけです。

 もともとのロープの長さは90mです。真ん中の足場に到着した時点で使えるロープが60mあればいいということは、残りの30mは要らない、ということがわかってきます。
 そこで考えます。この要らない30mと再利用の60mということを考えれば、90mのロープを30mと60mに分断することを考えつくと思います。
 そして、この60mをあとで再利用できるよう固定しないで、つまりはずせるようにしておいて、真ん中の足場まで降りる方法を考えれば、すべて解決できるとわかります。

 ではまず、頂上から降りるためには、ロープを頂上のハーケンに結びつけねばなりませんが、結びつけた以上再利用はできませんから、そこには要らない30mのロープを使うというアイデアが出てくると思います。
 そこでさらに、残りの60mのロープをはずせるようにするにはと考えると、この要らなくなる30mのロープの両端を頂上のハーケンに結びつけて輪を作り、その輪の中をこの残り60mのロープを通すという方法です。

 しかし、この30mロープは輪をつくるため半分の15mの長さになるとともに、はずすための60mロープも折りたたんで使うため半分の30mの長さになって、結局、この場合、合計の長さは45mになってしまうため、残念ながら足場の60mまでとどきません。
 でも、せっかくここまできて諦めたらダメなのです。粘り強くじっくりと落ち着いて考えて行動する資質の持ち主であるかどうかを見ることも、面接試験に論理パズルが出題される背景であることを、当連載シリーズ・その23で解説しました。

 落ち着いて考えれば、この輪はそんなに大きくなくても、ロープが通せる大きさがあれば充分なわけです。そうです。その30mのロープのぶらさがった先端に、ロープの直径が通るほどの小さな輪っかを作ればいいのです。
 設問にもあるように、あなたはロッククライミングの基礎的トレーニングを済ませていますので、ロープのしばり方や結び方などに対しては専門的知識を持って、しっかりと対処できるようになっています。
 例として、図のような結び方もありますが、いずれにしろあなたは決して結び目がほどけない小さな輪を作ればいいわけです。

ロープのしばり方 結び方
ロープのしばり方 結び方

 こうして、頂上のハーケンに不要となる30mロープの一端を結びつけ、そのもう一端でこの小さな輪を作り、再利用できるよう残りの60mロープをその輪に通して使えば、今度は30m+30mの長さで真ん中の足場まで降りていくことができます。
 このように解説しますと、“いや、不要のロープは輪っかを作る分だけ短くなるから30mにはならないのではないか”と思われるかもしれませんが、そのことはこのあとで解説します。

 今度はその足場に着いたら、60mのロープを輪から抜き、足場にあるハーケンにそのロープの一端を結びつけて使えば、下まで降りてくることができます。
 以上、人間の時系列行動に着目して、その「最終状態を考えてみる」ということから、手がかり、突破口がつかめ、必然的に正解に至ることができる、という思考過程をご説明いたしました。

90mのロープ

 しかし、これで安心してはダメです。すでにロープの長さは与えられたものとしてわかっていますが、メジャーなどのない絶壁の頂上で90mのロープをどうやって30mと60mに切り分けるのか、その方法を説明しておかねばなりません。
 その一番簡単な方法はといえば、90mのロープを3つ折にすることでしょう。それには見た目もわかりやすいように、90mのロープの先端に木でも草でも何か目印を結び付けて垂らし、その中間をたぐりよせて、おおよそ3つ折の長さになるところを見極めればよいでしょう。おおよそと言ったのには理由があります。

 ここで地頭力の働く方たちの中には、実際のロープの長さは90mも要らないのではないかとの見方をされる人もおられるかもしれません。その通りです。人間には身長があります。またある程度の高さからは飛び降りることだってできます。
 たとえば、あなたの身長が1m68cmだとすれば、30mと60mの両方のロープで少なくとも3m30cmの余裕があり、また1mくらいは楽に飛び降りれますから、合計4m短いロープでもいいことになります。
 また、真ん中の足場にも安全に飛び降りられるようであれば、もっと余裕がでてきますから、前述懸念されたロープに輪っかを作るくらいで長さが不足するなどということは、まったく考えなくてもいいことや、またきっちりとではなく、おおよそ30mと60mにわければいいこともわかると思います。

 大人の身長を一般に考えて、ロープの全長が86mとして出題しても同様な方法で降りることができるということです。ただし今度は現実の場で、3つ折の精度を少し上げる必要はあります。
 そこで、当初のロープの長さを86mにして出題すれば、すっきりとしない半端な数の長さを取り扱わねばならないとの観点から複雑感が増し、さらに優れた地頭力の持ち主かどうかを見るには一層効果的な出題になるかもしれません。

 この設問の背景は、やはり論理思考ができるかどうかを見ようということですが、一方、どんなに難しいと考えられるパズルも、必ず解答があるわけですから、あきらめないで粘り強く問題に挑んでいく資質も合わせもっているかを随時見ているということです。
 また、パズルは単にパズルでしかないと、軽く考えないことです。この設問の知識を持っているか否かだけだけでも、生命が左右されることだってあることが考えられます。

 日常注意して現場を見ておけば、実際のマンションやビルなどで火事が起こったときの対処法の一つの知恵として役立つことにもなります。

 それでは解答です。


正解 正解75  90mのロープを切って、おおよそ30m(A)と60m(B)に分ける。Aの一端を頂上のハーケンに結びつけ、もう一方の端にはほどけてしまわないような縛り方で小さな輪を作り、その輪となっている穴にBを通す。そのBの真ん中を折りたたんで長さが30mにして、A+B合計60mを使って断崖真ん中の足場まで降りる。そこでBをAから抜き去り、その一端を足場のハーケンに結び付けて下まで降りる。メジャーなどのない絶壁の頂上でAとBの長さに切り分けるには、見た目もわかりやすいように、90mのロープの先端に何か目印を結び付けて垂らし、その中間をたぐりよせて、おおよそ3つ折の長さになるところを見極めればよい。おおよそというのは、人間の身長分だけAとBに余裕ができるため。

 では、その出題背景を考えながら、次の設問を考えてみてください。


問題 設問76  常に一定の速さで飛べる飛行機があります。この飛行機が、常に一定の速さで吹くジェット気流の中で、空中の2点間を往復する場合と、無風のときに往復する場合を考えます。この飛行機の速度はジェット気流の2倍速さです。そのジェット気流の中では、真後ろからの追い風を受ける場合が半分、真正面からの逆風を受ける場合が半分ですが、往復するのに1時間かかりました。この飛行機が無風のときに往復する時間はどれだけになるでしょう。だだし、折り返しポイントでかかる時間は無視するものとします。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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