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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その14:実像と感覚とのずれ
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 前号の設問背景は、システム開発やプログラミングという作業に不可欠な要素の一つを問うものでした。つまり、見当はずれのことに膨大な時間とエネルギーを費やす前に、事前にしっかりと全体構図をつかむことができるかどうか、その資質についてです。
 これは、解のない世界に迷い込んで、時間とエネルギーを無益に浪費してしまうことが起こりがちなプログラミングやシステム設計の分野で、いち早く路線を切り替えることができるか、その資質を見る「トムとジムの設問10」の出題背景にも似ています。
 さて、今号の設問はどうでしょうか。

問題 設問14 もし、地球の直径をたったの1mmという長さに縮尺した場合、我々の太陽に一番近い隣の恒星(太陽のように自分で光り輝いている星)までの距離を同じ縮尺度にすると、東京駅礎石の中心を起点としてどのあたりまでの長さに相当するか。また我が銀河系の直径の場合、どのあたりまでの長さになるか。

 私たちが常日頃、身近に接しているものに対しては、敏感に反応できるのですが、ひとたび非日常的なことになるとその感覚がにぶってきます。この設問も専門分野の人たちを除いては、私たちの日常生活とはあまり関係がないため、星までの距離といっても漠然と遠いという感覚でしかとらえていないのが事実です。
 さらに実際、その距離もなじみの深いkmで表現するにはあまりに数字が大きいため、光が1年間かけて進む距離である光年を単位に使っています。
 光は真空中を1秒間に29万9792km、つまり誤差を除いて30万kmもの距離を進みますが、しかし数字だけの表現ではこれがどの程度のスケールなのかピンときません。この表現を「光は1秒間に地球を7周半する」というふうに変えると、地球の大きさや地球上の距離を身近に感じている私たちにとってぐっと実感しやすいものになってきます。このような事情から、身近に感じることができるよう、まずは縮尺した形で考えてもらおうというのがこの設問です。
 
 では、解説に移ります。
 内容は順次計算をしていけば、そのまま正解に至るという単純なものです。がしかし、専門分野の人やこのような縮尺例を過去に見たことがあるという人を除けば、普通の人が天文学上の正確な数値を覚えていて面接試験の場でその計算をするなどということは、まず不可能です。ですからこの問題は、日頃どの程度の誤差範囲で天体距離を見ているか、その感覚を見ようとするものです。
 また、真理というものがすべてに共通しているということから、あまり自分に関係のないことでも、日頃ずれのない感覚を持っていることが重要である、という背景もそこに含まれています。

基礎データと計算

まず、基礎データ。

  • 地球の実際の大きさ、その直径は12,756 kmです。
  • また、太陽の直径は1,392,000km、地球までの距離は149,600,000kmです。
  • 一方、太陽に一番近い恒星、ケンタリウス座のα星は、4.3光年もの距離です。
  • 我が銀河系の直径は10万光年もあります。

では、計算に入ります。

  • 1光年=30万km x 60秒 x 60分 x 24時間 x 365日=946,080,000万km=9,460,800,000,000 kmです。
  • α星までの距離、4.3光年=4.3 x 9,460,800,000,000=40,681,440,000,000 km
  • 銀河系の直径、10万光年=100,000 x 9,460,800,000,000=946,080,000,000,000,000 km

そこで地球の直径12,756 kmを1mmとした場合、

  • 太陽の直径、1,392,000÷12,756=109 mm≒ 11 cm(ソフトボール大)
  • 太陽までの距離、149,600,000÷12,756=11728mm≒ 12 m
  • α星までの距離、40,681,440,000,000÷12,756=3,189,200,300 mm≒3,200km
  • 銀河系の直径、946,080,000,000,000,000÷12,756=74,167,450,000,000mm≒7400万km

 これでおわかりのように、太陽に一番近く自分自身で光り輝いている隣の恒星・α星までの距離は、地球の直径をたったの1mmとした場合でも東京―マニラ間に相当します。しかもα星の大きさは太陽と同程度ですから、ソフトボール大の太陽とα星がそれぞれ東京とマニラ間を隔ててポツンと浮かんでいるという宇宙はスカスカの状態なのです。だからとても恒星同士が衝突するなどということは考えられません。
 ところが銀河同士だと少し事情が違ってきますが、それは後ほどの解説を見ていただくとして、まずは回答をつづけます。
  地球の直径を1mmとしたときの銀河系の直径は7400万kmと、とほうもない距離です。実際の地球の直径ですら1万3千kmしかありませんから、東京駅の礎石からなどというレベルの比ではないことがわかります。地球―太陽間が14,960万kmですから、ちょうどその半分くらいの距離に相当します。

 当設問の「どのあたり」という言葉からもおわかりのように、回答はその正確な位置までを求めているわけではなく、あくまでもその距離を常日頃どの程度の感覚でとらえているかを見ようというものです。
 ところがそのような前提なら、起点を東京駅の礎石の中心などとしないで、東京駅としてもよかったのではないかとの疑問が湧いてきます。しかし設問の中の比較対象に使われている地球の直径をmmという極小単位で表しているのに、その起点をただ漠然とした東京駅としたのでは回答者の「感覚」を問うのに不適切だからです。
 当設問は、前号及び前々号の設問で見てきた「べき乗」項に関連して私が考えた問題ですが、「べき乗」の威力と意味の深さを、この解答のあとで詳しく解説をしていますので見てください。まずは解答です。


正解 正解14 地球の直径を1mmとした場合、我々の太陽に一番近い隣の恒星までの距離は、東京―マニラ間の長さ、また我が銀河系の直径は、東京から地球―太陽間の半分の距離に相当する。

 では、前号で余力のある方はとして掲載していた次の設問を、やはりその出題背景も考えながら解いてみてください。


問題 設問15 どちらもちょうど1時間で燃え尽きる2本の導火線がある。この導火線の材質にはムラがあって燃えるスピードに速い部分と遅い部分があり、一定の割合では燃え進まない。この2本の導火線と1個のライターだけを使って、正確に45分を計るにはどうするか。



 さて、地球の大きさをたった1mmとした天体までの距離に関して、皆さんの感覚はいかがでしたか。おそらく過少評価している方が多かったのではないでしょうか。
 この機会に壮大な宇宙のスケールと「べき乗」の威力を、図をまじえながら見ていただきます。

銀河とその衝突

図1
図1
 恒星の大きさとして、太陽の1/60しかない小さなものから、1500倍もある大きなものまで観測されていますが、我が銀河系にある恒星の数は2000億個(質量で換算して太陽と同じ大きさの星の数)にものぼります。我が銀河系ではこれらの恒星が渦巻き状の円盤上に広がっていて、端から端まで10万光年の距離もあるわけです。太陽はその中心から2.8万光年はずれたところにあります。(図1)

アンドロメダ星雲(図2)
図2
 それら数千億個の恒星からなる銀河が、宇宙にはまたさらに2000億個もあるというのです。我が銀河系の外にあって最も近い銀河は230万光年の先にあるアンドロメダ星雲(図2)で、直径が13万光年、恒星数は3000億個くらいで我が銀河系より一回り大きく、同じように渦巻き状の円盤型をしています。

 先ほど東京―マニラ間にあるソフトボール大の太陽とα星のところで、宇宙はスカスカという話をしましたが、α星までの距離(40,681,440,000,000km)は太陽の直径(1,392,000km)の3000万倍もあって、恒星レベルでは確かにスカスカです。
 ところが銀河レベルでみますと、そうとはいえないのです。アンドロメダ銀河まで(230万光年)は、我が銀河系の大きさ(10万光年)のたった23倍しかないことからもわかります。事実このアンドロメダ星雲と我が銀河系は互いに引き合って秒速150kmほどの速さで近づいており、これで計算すれば46億年後には衝突をする運命にあります。
 現に宇宙のあちらこちらで銀河同士の衝突が起きている様子が見られます。「からす座」の触覚銀河もその一つで、衝突している様が触覚のような形になっているため、このような呼び名がついています。その衝突写真とともにシミュレーションムービーhttp://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/galaxy/galaxy06.html
を見るとよくわかります。

 衝突まで46億年とは遥か先のようですが、地球誕生から同じだけの年月です。原始猿類が誕生してから現代人類へと進化するまでには、たったの4〜5千万年しかたっていないことを考えれば、銀河衝突(太陽系内で地球への巨大隕石の衝突などがないとして)までに人類は、想像を超える超々高等頭脳生物に進化していることは確実で、ミニ太陽系ステーションを作り出したり、あるいは分子レベルに分解し送った体を再度、別銀河で組み立てるといったSFまがいのことなど簡単にできる世界になっているのではないでしょうか。

巨大恒星の錬金術師

かに星雲の大爆発(図3)
図3
 しかしたとえ銀河同士が衝突しても、恒星レベルで見たその中はスカスカですから太陽系は何とか難を逃れられるかもしれません。が、一難去ってまた一難。今度は太陽の最期が70〜80億年後にやってきます。核融合反応の燃料である水素を燃やし尽くす段階で、太陽は今の地球軌道近くまで大きく膨れ上がり、地球は焼き尽くされてしまうからです。
 太陽よりもっと大きな恒星の場合は、核融合反応の連鎖によって水素、ヘリウム・・と軽い元素から重い元素へと順次作り出し、最後、中心温度が50億度になって鉄まで作り出してしまうと極超新星爆発を起こします。図3は、1054年という今からたった950年前、藤原定家の「明月記」にもそのときの大爆発の光の様子が記録されている「かに星雲」の今の姿で、このような大爆発のときのエネルギーによって初めて、鉄よりも重い、金や銀、ウランや亜鉛、チタンなどが一気に作られて宇宙にばらまかれます。
 錬金術師がどうしても「金」を作り出せなかった理由も、これでよくわかると思います。また、私たち一人一人の体の中には数マイクログラムの金があって、免疫機能の一翼を担っているそうですが、人体のすべてを構成する元素はこれら恒星の働きからできたものだと思えば、宇宙のことでも、もっと身近に感じられるのではないでしょうか。

宇宙の鳥瞰図と「べき乗」

 さて、その一番遠い銀河までの距離が140億光年ほどで、そこまでの距離を先ほどの縮尺ではとても表現できません。今度は光が1年かけて進む1光年をたったの1mmとしますと、その距離は14,000kmです。なんと地球の直径を、さらに1,300kmもオーバーしてしまいます。いかに宇宙のスケールが大きく、天文学的数字という言葉の意味もよくわかると思います。
 そこで「べき乗」の締めくくりとして、まず1つ目は宇宙の鳥瞰図です。
10のべき乗キロメートルずつ宇宙に向け、地球から上空に離れて行った場合どのくらいの範囲ずつその中に入ってくるか、Space Travel & Astronomy の資料を参考に作ってみました。

 このような形で、10のべき乗kmずつ地球から離れていった場合の鳥瞰図は以下のようになります。

 このような図を連続的にズームアップして宇宙のかなたへ、そしてズームインして細胞の中のミクロの世界へ入っていく、10−16〜1024メートルまでの世界を非常に分かり易くした映像を見ることができます。IBMの依頼で作ったそのパワーオブテン(Power of Ten、10のべき乗)と題する「EAMES FILMS:チャールズ&レイ・イームズの映像世界」は圧巻です。
 ご参考までに、興味のある方はアマゾン.comで、日本語付きDVDを簡単に注文できます。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005MIG1/249-6462285-0243551

「べき乗」の威力

 皆さんの感覚試しをもう1つ、「べき乗」の2つ目は折り紙です。
駅の売店キオスクや新聞配達所などに束となって積まれている新聞を見かけたことがあると思います。あの新聞紙1枚の厚みは0.1mmほどですが、これを100回折り曲げたとしたら、その厚みはいかほどになるでしょうか。
 順次計算していけばいいわけですが、1回折って0.1x2=0.2mm、2回折って0.2x2=0.4mm、3回で0.4x2=0.8mm・・・と何の変哲もないように思えます。ところが回を重ねるごとに、このべき乗の威力が発揮され、とんでもない厚みになるのです。つまり100回折って0.1x2100mmですから、126,765,060 x 1021mm →1,267,65 x 1018 kmとなります。
  数字だけではピンときませんので、これを1億光年=946 x 1018kmで割れば134億光年、なんと宇宙の果て140億光年近くの厚さになってしまうのです。 倍々ゲームの凄さが身に沁みて感じられるのではないでしょうか。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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