連載

あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
バックナンバー

その23:ビル・クローン人間の発掘
前号へ
  次号へ

 前回の10円玉の問題は、「先入観を捨てること」、「極端なケースを考えてみること」を示唆し、そして「ひらめき」も見ようという背景がありましたが、今回はパズル面接そのものの背景を問う設問です。


問題 設問23 これまでのビル・ゲイツの面接試験問題で、それぞれの設問にはその出題背景がありましたが、そもそも面接試験でなぜこのようなパズル形式にした問題を出すのか、その本質・意図は何でしょう。

 これまで見ていただいたように、各設問にはそれなりの出題背景がありました。常日頃から注意深く物事を見ているか、先入観にとらわれず視点や着眼点などを変えてあらゆる可能性を追求しようとしているか、よ〜く考えまた想定外のことまでにも細心の注意を払っているか、導きだした答に対する説得力があるか、マクロ思考かミクロ思考か等々、問題を解いていくその考え方や思考の過程で、その枠にとらわれない思考や幅広さ、創意工夫力や創造的発想の有無などを見ようとしていました。

 しかし一番初め、あるいは途中でもいいのですが、いずれにしてもこの連載の設問を目にしたおそらく多くの皆さんは、当初、頭の片隅で「ビル・ゲイツが面接試験でなぜこのようなパズル形式の問題を出すのだろうか」という疑問を持たれたのではないかと思います。パズルといえば、一般に少しくだけたクイズのような遊び心の入った印象を受けるものです。何もパズルなどでなくとも、と考えても不思議ではありません。厳粛で緊張した雰囲気の中で行われる一般に見られる従来型の入社面接試験を思い浮かべれば、そのように感じるのもごく自然のはずです。

 そこで当設問に対し、一つの回答として得られそうなのは、「ビル・ゲイツ自身がパズル大好き人間だから」といった内容のものが考えられます。
 この内容自身はまさしく当を得ていて、ビル・ゲイツの好みという点では核心を突いています。またそれが独特の面接スタイルに反映されているというところも、一部にしろ当っています。ただし当っているのはそこまでで、設問がなぜと求めている、面接の採用試験の場面で使用する意図の理由としては説明不十分です。

 ビル・ゲイツのパズル好きは、寸劇をしたり、ゲームをしたり、一家のお遊び大会を大切にしていた家庭に育った幼少における環境が大きな影響を与えています。
 また夕食のときには、弁護士だった父が時事問題を細かく調べ、それを家族に説明するのが常で、そのあとで、内容をしっかりと理解したかどうかを確かめるために、息子のビルや妹たちに質問をするのです。そして質問に対して根拠のある答を子供たちが出すかどうか、それぞれ成績表を付け、そこでもし評価が一番いいAが付けられると、子供たちはA一つにつき25セントをもらえ、質問全部にAなら、平日の夜にテレビをみてもいいという特典までもらえました。こんな子供時代の日常生活から、ゲイツがゲームやクイズそしてパズルに慣れ親しんでいく様子の一端が伺えます。

ビルゲイツ邸01

 彼のパズル好きは、結婚したあとで一層はっきりと現れてきます。休みで家にいるときなど、奥さんのメリンダを相手に必ずジグソーパズルを楽しみます。しかし、その取り組み方が普通ではありません。そのジグソーパズルとは珍しい材質の木材を使った手作りによる巨大で高価なもので、自分と奥さんとどちらが先に完成するかを競うために、まったく同じものを1人に一つずつ、合計2個も買うといった気合の入れようなのです。

ビルゲイツ邸02








 さらに人を招く自宅ディナーパーティでは、そこでの出席者が全員コース料理の合間に必ずクイズやパズル、そしてゲームの洗礼を受けます。ゲームのごく一部を見ただけでも、たとえば一般客の場合に、食器の下に敷くマットの裏にアメリカの地図を描かせ、一番正確に描けた客が勝ちになるというものや、お客がマイクロソフトの社員だけの場合、或るキーワードを提示したあと、そのキーワードが入っていて、しかも一番皆がよく知っている歌を探させるといったもの、あるいはまた社内のスイスで開かれた世界会議の娯楽プログラムなどでは、各国チームに馬車を与え、街中で変なものを探させる「がらくたあさり」なるものまであるといった具合で、もはやゲイツのゲーム、パズル好きを疑う余地のないことがわかります。

 ではなぜ面接試験でパズルなのか、本題に入ってまいります。
 一般に見られる面接試験では、「どうしてこの会社を選んだのか」「将来の抱負は?」「この会社で何をしたいか」「この会社の良いところ、悪いところを言ってみてください」「自分の長所、短所はどんなところですか」「自分が得意とする分野は?」「自分を売り込んでみてください」「尊敬する人は」「座右の銘は」「最近どんな本を読み、その中で印象深かった本は?」などなど、ごくありきたりの質問が多いため、これに対してほとんどの応募者は安全な答を用意しています。

 そんな場面で応募者が、面接者に採用したくないと思わせるような答を言うわけがなく、先を見越した用心深い返答をします。また一方、面接者のほうもこのような質問だけで是が非でもその応募者を採用したくなるなどということが起こり得ないこともわかっています。
 したがってこのような面接試験では、両者ともこのことを知り尽くしていることが欠点になっており、その欠点を補うために最近では、応募者を数人ずつのチームに分け、それぞれのチームにその場でテーマ与えた上、結論をまとめさせ、そして最後に各自全員に発表させる方式、つまりその過程でアプローチの仕方、リーダーシップ、チームワーク、コミュニケーション、問題解決能力などといったものを見ていこうというような方式を取るところも多くなってきています。

マイクロソフト社

 そこで設問の本題に入りますが、それにはまずマイクロソフト社がおかれている市場環境を考える必要があります。

 ハイテク業界は従来の産業界とは違って安定せず、不確実で、競争も激しく、特に変化の著しく早い業界です。特にその中でソフトウエア業界は、アイデアをたくさん生み、それを素早く製品に仕上げて世に送り出さなければなりません。
 その製品には企画から設計、作成、販売、保守などといろんな分野がかかわってきますが、その中核をなすのが設計とその作成時におけるプログラミングで、特にコンピューターで演算処理をさせるための作業手順を1つ1つ明確に展開するアルゴリズムが、このプログラミングの善し悪しを決定づけるのです。元をただせば「論理的思考」によって決まるということです。ここにソフト業界の重要なポイントとして、「発想も含めた論理的思考」が高いレベルで必要とされる資質であることがわかります。

 しかし激しい競争市場を勝ち抜いていくためには、この能力だけでは片手落ちなのです。発想や論理的思考がずばぬけている人であっても、たとえば博士号を持っているのに、日常の実務能力が欠如しているため、結果、何もやらない人と同じになってしまうケースがあります。
 IT産業界に限らず、ビジネスへの寄与という点からそこにはやはりどの企業にも求められるような実行力、行動力の資質が不可欠なのです。つまり日常突発するどんな難問・難題に遭遇しても、それにねばり強く取り組んでいく気力のある人、常にハングリーでやる気があり勝負にこだわりを持つような人が求められます。発想や論理的思考を「静」の域にある要素とすれば、これは「動」の域にある要素になり、「ねばり強い行動力」という資質です。

 このような資質の一方で、採用という点に目を向けてみますと、そこには誤った採用や不採用という現実があります。つまり、1つはあとでどうにもしようがないとわかるお荷物人間を誤って採用してしまうケース、もう1つは有能でいい人材になるはずの人を誤ってはねてしまうケースです。しかし同じ誤りでも、後者は会社に対し直接的なダメージを与えるわけではなく、必ずしも問題とはなりませんが、前者の場合は深刻な問題を内在しています。
 というのも、多くの人がそのためにあとでずっと尻拭いをしていかなければならなくなり、これを取り除くのに時間と莫大な費用がかかってくるからです。一般の面接にみられる弱点の一つは、その場においてそつなく無難に切り抜ける人が通りやすいことで、そんな中にあとでお荷物人物がいることがわかり、苦労するケースがでてくるわけです。
 マイクロソフトの元役員は言っています。「ライバル企業を有利にしてしまう最悪なことといえば、こちらが下手な採用をすることだ。潜在的お荷物人間を大量に採用したら、やがてすぐに会社はダメになる。組織にはびこって、自分より質の低い人を採用しはじめるから。だから面接で潜在的お荷物人間の採用を避けるためには、誤っていい人材を見逃してしまうのもしかたがない。力点は未来形にあり、1時間の面接を4、5回すれば判断できる」と。

 そこでこの業界において、望ましい人材とそうでない人という観点から整理してみたのが図1です。
 最も望ましい人材は第I 象限の中でも右上にくる人、最も望ましくない人材は第III 象限の中でも左下にくる人なのですが、この左下にくる人はどんな試験内容であっても、識別という観点からは特定し易い背景があり、あまり問題にならないとのことです。  
 だから、上記の誤った採用・不採用は、たまたまそのときの試験のあり方によって第II 象限と第IV 象限で起こりがちだというのです。
 つまり従来のような面接では第I 象限の人を、第II 象限と第IV 象限の人からはっきりと切り離せるような識別がなかなか容易にはできなかったということです。

図1
 そこでパズル問題に目が向けられました。採用にあたっての第一の目標はビル・クローン、つまりビル・ゲイツと同じDNA頭脳を持った若いそっくりさんを採用することで、ビル・クローンであるかどうかを調べる一つの方法がパズルというわけです。

 いろんなパズルをよく見ていくと、技術革新を要する会社ならどこでも直面するような問題を小型化した、いわゆる一種の小型プロジェクトに似た内容のものがたくさんあり、そこでは、知能、才覚、枠にとらわれない思考、前提を疑問視する力、新しい視点から見る力などを総動員することが必要になるとともに、見通しを織り上げて、粘り強く結論にもっていかなければなりません。
 必要なところに「手がかり」があって、それに基づき一段ずつ進むことにより、最終的に解へと至るパズルは、立派な洞察力のテストであるだけではなく、何ごとかをたどりきる気力のテストでもあり、発想豊かな、ねばり強い人材の発掘も可能となるわけです。
 論理パズルは答が出るか出ないか単純明快で、しかも公平に勝者と敗者に分けるという勝負の世界でもあり、勝負にこだわり、競争市場を勝ち抜いていく資質を見る格好のミニプロジェクトを反映しているということなのです。

 通常、面接までこぎつけた応募者1人当たりに対し、6人の面接官が1日かけて担当するようですが、1つのパズルだけではわからない適性も、それら複数の担当官が出す問題の組み合わせにより、懸案の識別も可能になってくるというわけです。
 正解は一つかもしれませんが、そこに辿り着く道筋はいくつもあり、どう辿り着いたかその方法や説明する言葉にも個人差が出てきて、そこに応募者の問題解決に対する個性も知ることができます。

 開発部門への応募者にはコードを書くテストもありますが、プログラム・マネージャーや検査官などは職種柄、常に説得力を必要とされます。つまり正しいとわかっていることを、人に忍耐強く説明し納得してもらわねばなりません。だから、説得力が試されるようなパズルも出るわけです。
 しかし上級管理職のための面接には論理パズルは使われません。候補者に実践での経験があるのなら、その体験などの内容について話した方が、パズルを出すよりも情報は多く、適切だからです。

 いずれにしても、競争の激しいソフトウエア会社の最大の資産は頭脳の労働力であり、業界でリードを保ち、あるいはストレスのかかる中で生き残っていくための、発想や論理的思考に優れた頭脳とねばり強い実行力・行動力という必須要件が前提となり、その識別という観点から制限時間内で解を求めるミニプロジェクトのようなパズルの面接が導入されるようになったわけです。

 では解答です。


正解 正解23 発想や論理的思考に優れ、且つ粘り強い実行力・行動力のある人材を特定できるよう、いずれか片方しか優れていない人材から切り離して、簡単で公平な方法により明確に選別、識別するため。

 ビル・ゲイツ個人の生活が関係したパズルの話が出てきたこの機会に、やはりどのような意図で出題されているのか考えながら、次の設問をやってみてください。

問題 設問24 ビル・ゲイツの浴室を設計するとしたらどうしますか。


前号へ   次号へ


 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

出版

連載

新聞、雑誌インタビュー 多数

※この連載記事の著作権は、執筆者および株式会社あーぷに帰属しています。無断転載コピーはおやめください