その29:発想・思考プロセスを見る |
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アリ、犬、鳥と3つの生き物が登場した前3回の設問のうち、前回、前々回の設問27と28は、フォン・ノイマンが考えるような微積分や無限級数の世界をほうふつとさせる問題でしたが、結果は、そんな世界の知識などまったく持たない中学生のほうが簡単に解ける問題でした。 システム開発やソフトウエアの開発はもちろんのこと、一般に言われるところの開発作業では、特に創造性と柔軟な思考が重要な要素として求められますが、そのときの障壁として大きく立ちふさがるのが固定観念や先入観です。 なまじ知識があるばかりに、注意していないと陥りやすい罠だとして、その警鐘の意味も込めたビル・ゲイツの問題でした。 さて、これらの設問はきっちりとした解が出るものでしたが、同じビル・ゲイツが出す問題にしては、今度の設問は雲をつかむような課題です。
たとえば人海戦術で大きな建造物を移動するといった話になれば、古くは西欧の王様や皇帝たちが多くの臣民や奴隷たちを使ってオベリスクを、そっくりそのままエジプトから自らの都市へ運び込んだ例などがありますが、重さ170トンもある台座の上に立つ、あのローマ・サンピエトロ広場にあるオベリスクは、それ自身の高さが25.5m、重さも320トンという巨大なもので、海送に際しては積載量が数百トンもある大型の台船を何艘も組み合わせて運んだとされ、さらに陸上では、800人の人手と150頭の馬を使って4ヶ月もかかったとされています。 それでは、その背景を考えながら解説に移ります。 |
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原文のMOVEには「動かす」のほかに、「移動する」や「揺り動かす」などの意味がありますが、各自連想してもらう意味で、ここでは敢えて一般的な和訳の「動かす」を使いましたが、過去、ビル・ゲイツが面接に出した問題の予備知識などもなく、いきなり目の前でこのような面接試験の問題を出されたとしたら、あなたはとっさにどんな思い、反応をしますか?
質問の真意が理解できなく、思わず聞き間違いかと疑うか、あるいは質問は正しく理解できたとしても、いやとんでもない、そんなのわかるわけがないと思うか、あるいはトンチ問答のような解を連想するか、または何らかの落とし穴・罠が隠されているのではと思うか、それともどうしてこんな曖昧模糊とした問題を面接で出すのかと、その背景へと思いを馳せるか? まず、過去の予備知識があろうがなかろうが、これは実際に面接の場で出題された設問であるため、この現実は変えようがなく、どんな反応や形にせよ、応募者は何らかの回答をしなければならないということです。 実は、「世界中にピアノの調律師は何人いるでしょう」の設問18や「ビル・ゲイツの浴室を設計するとしたらどうしますか」の設問24などはそれらに近いもののはずです。富士山をまるごとひとまとめにして動かすといった構想などまったく思い当たらなく、とりわけスケールが大きすぎて最初のとっかかりになる糸口がなかなか掴めないとなると、設問18がこれに近いものになります。 それはフェルミ問題でした。その補足説明は設問19の冒頭でコメントしたとおりですが、面接の段階まで到達している応募者たちの多くは、過去の出題事例には精通しているはずで、彼らにはすぐさまこのフェルミ問題が念頭に浮かんだものと思われます。つまり、この設問は正確な数値解を求めるものではなく、あくまでも応募者がどのようにして問題を理解しそれを解いていくか、その思考の仕方、思考プロセスを見ようとする設問だ、とわかるからです。 このフェルミ問題で当設問のMOVEというワードを和訳するとすれば、「移動する」とするのが一番フィットするわけですが、前述しましたように、まずは設問の中身を皆さんがどう受け止めるか、その曖昧な部分も残しておくために、敢えて「移動する」と訳さず「動かす」としました。それにしても「富士山を移動するのに、どれだけ時間がかかるでしょう」という短文では、あまりにも不明なところが多い設問です。 たとえば、移動するとしたら、どこまで移動するのか。またそうだとすると、その運搬手段として機械を使えるのか、人海戦術なのか、人海戦術なら人間の数に制限はないのか。また山を崩して運ぶのか、崩すとしたらダイナマイトは使えるのか、また移動して同じように富士山を復元までするのか、などなど移動するということに関連しても次々と疑問が湧いてきます。その内容によっては、かかる時間が大きく違ってくるのです。 これまでにも解説してきましたが、このような設問は面接試験に意図して出される問題でもあり、質疑応答ができるという面接の特殊な環境を利用して、いわゆる不明な点を受験者が質問できるように意図してそれらが残されているのです。そして彼らの着眼点や質問のポイント、あるいは質問の背景にあるロジックや推定の仕方など、そのやりとりから彼らの資質も合せ見ていこうというものです。 では、本題の解析に入っていきます。 それではまず、富士山をまるごと移動する方法など考えつかない以上、こつこつと取組む採石作業を考えるしかありません。そして、○○○の量の土砂や石があるから、その量の採掘や運び出す作業には■■■の方法を使って、△△△くらいの時間がかかるか、といったアプローチを取るわけです。 そこで必要なのは富士山の体積です。海の向こうではその高さを1万フィート、約3000mとして概算をしていますが、われわれ日本人はもう少し詳しく知っているはずです。約3800mとします。次に円錐形の形ですが、写真などで見た皆さんの頭に浮かぶ富士山のイメージは、ちょうど図のようなスピーカー様の形をしていて、先端は細いものの、途中からぐっと広がっている姿を想像されるものと思います。そこで底辺の直径は高さの約10倍くらい、40kmと推定し体積を出してみます。 ここで円錐の体積は、円柱にしたときの体積の1/3である、という初歩数学の知識を持っていなければ、当然ハネられてしまいます。高さ3800m、底辺の半径20kmの円錐体積は、3800xπx(200,000)2÷3 =1590,000,000,000≒1兆6000億m3となりますが、富士山の頂上部分は平らに削られていることや、中腹は円錐というよりもラッパの形のように、えぐれていることから、その部分の予想体積2000億m3を引いて、実質1兆4000億m3と推定します。 さて、この膨大な数字だけを見ていてもピンときません。問いの答えとしての時間算出に近づくためには、具体的で身近な量に換算することです。そこでこの量の土砂はダンプカーで何台分に相当するかを見てみます。 この場合、ダンプカーやトラックなどの荷台の大きさ、あるいは積載量の数値が必要になりますが、ビル・ゲイツが言っているように、こんなところでも常日頃、物事を注意深く見ているかどうか、それが合否まで大きく左右してしまうことになるわけです。 山の頂上まで安全で、通常の平坦な土地を掘削すると同じような条件であることを前提に、この作業を1人でこなそうとすると仮定するなら、掘削しダンプ1台分の作業には少なくとも平均して1日はかかると推定します。 すると、労働休日などを考慮しないで単純計算すれば、富士山の土砂を運び出すのに2000億人日かかることになります。すなわち1人作業では、2000億日、つまり5.5億年です。 当連載のその4で説明したカンブリア紀、古代生物の種類が30種から一気に13,000種類と爆発的に増えたのが5億年ほど前ですから、それくらい気の遠くなる時間が必要だということです。 しかし、地球上の60億人すべてが1人前の大人としてこの作業に取り掛るなら、そのまま単純計算で1ヶ月ほど、さらに大企業が1万人を投じ最新鋭の掘削機やショベルカーなどを動員してやれば、600〜1000年くらいで単純移動はできる計算になります。 ビル・ゲイツや出題側の主旨は、正確な数値そのものを出すことにポイントを置いているわけではなく、おわかりのようにこの設問の背景はあくまでも結果を算出するまでの思考プロセス、算定道筋、どのような考え方をするのかを見ようとするもので、その思考過程・プロセスが理にかなっているかどうかが、合否の判定基準になる設問ということです。 したがって、このような設問には各人各様の仮定で様々な解答が出ることになります。理系の応募者には、はっきりと答えが出る問題のほうがやり易く得意だとする人が多いかもしれませんが、逆に、このような問題のほうが自分主導でどんどん仮定をしながら理詰めで進んでいけるので、かえってやり易いという人もいると思います。システム開発やソフト開発には、独創的な発想という観点から、このような設問も重要視されるわけです。 正解は1つではありませんので、次はそのサンプル解答です。 |
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ちなみに、国土交通省砂防部のデータによれば、富士山の高さは3,776.24m、体積は約1,400km3、裾野の広さは南北に約44km、東西に約38kmの楕円形で、周囲は約153km、その面積は約1,200km2、山頂の周囲は3kmで、富士山全体の重さはおよそ1,000億トンと推定されていますので、上記体積などの推定はあながち大きくはずれてはいないことになります。 周囲が153kmもある、なだらかなその裾野には景色のいいゴルフ場もたくさんあります。写真は、広々としたコースから雄大な富士山と綺麗な河口湖が唯一同時に間近に見られる、フジ・サンケイの女子トーナメントの会場ともなった富士レイクサイドCCのものです。 それでは、その背景も考慮しながら次の設問を考えてみてください。 |
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ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult
of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most
creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。 |
執筆者紹介
テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)
出版
連載
新聞、雑誌インタビュー 多数
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