その36:気を利かす脳のフライイング |
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突然ですが、今、自由に使える1億円を手渡されてその場で何に使うか聞かれたとしたら、あなたはどう答えますか。あまりにも突飛で、またあまりにも日常離れした金額と思われ、返事に窮するというのが、ごく一般的な反応かもしれません。 さて、なぜこんな話を持ち出したかといいますと、まず数字だけではその金額の大きさを身近に実感できないというのが1つの理由で、さらにこの延長として1兆円という額ともなりますと、その先の給与の増減などは誤差の範囲となってしまい、単純に計算しても飲まず食わずの日々に万の単位が付いてしまう20万年となります。その上さらに5兆円ともなりますと、100万年という人類誕生から今日までという歴史レベルの時間の話になってしまいます。 創業以来30年あまりマイクロソフトの陣頭指揮を取ってきたビル・ゲイツが、いよいよ今月(2008年7月)第一線を退き、自分と妻とで運営している「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」に対する本格的な慈善事業活動を始めましたが、この財団の今日現在の基金は約4兆円で、その大半は彼自身の寄付によるものです。
過去の寄付の例を見ても、あの石油王であるジョン・ロックフェラーですら5億3000万ドル(現在の貨幣価値では約72億ドルの8000億円)、鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーでも3億5000万ドル(現在の貨幣価値では約66億ドルの7260億円)でしかありませんので、ビルゲイツ(52歳)とバフェット(77歳)両氏の寄贈額はケタ違いであることがよくわかると思います。
このウォーレン・バフェット氏とは、米投資会社バークシャー・ハサウェーの会長職にあって、本年2008年のフォーブス誌発表による資産家世界長者番付では、1995年以来連続で13年間君臨してきたビル・ゲイツを抜いて第一位になった人で、氏は「社会的成功の要因が親から相続した遺産によるものではなく、個人の実力に起因する社会をつくることにより経済成長を促進する点で遺産税は非常に重大な役割を果たす。遺産税をなくすなどということは2020年のオリンピックチームを2000年のオリンピック金メダリストの長男からそのまま選ぶようなものである」と、ブッシュ政権の減税策の1つである相続税撤廃案に対して、まっこうから反対しました。 そして先ごろ来日したビル・ゲイツも朝日新聞のインタビューでこんなことを言っています。 2年前の発表では「我々が取り組んでいる問題を今世紀中にめざましく進展させるため、妻と私の死後50年以内に財団の資産は全額寄付し、活動を終える」と、同基金の存続期間まで限定しています。
前述の具体例で示した5兆円という金額、実はそれ以上のお金が、世界をまたにかけ、使途の明確な形で、直接「世のため人のため」確実に使われていくということです。ともすると創業当初の印象・「ぱくり屋」ではないのかといった残像や、あるいはその後のマイクロソフトの市場寡占から受ける「独占的」という印象が強くて、これまであまりビル・ゲイツに好感を持っていなかった方たちも、この本物の志や本格的に新たな分野へのスタートを切った彼の行動に接することによって、その心象も変わってくるのではないでしょうか。 今後、マイクロソフト社に対しては非常勤の会長として、ビル・ゲイツは週1回程度の出勤はすると思いますが、先の設問23の中でもコメントしましたようにパズル好きな彼のことですから、その余暇に考えたさらに新しい面接試験の問題を披露してくれることを期待したいと思います。 それでは彼の今回の新しい門出に際し、その前置きはこれくらいにして、この辺で今号の設問に入りますが、その解説をするに当たり次の図をみてください。 |
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この設問に対して、最初、皆さんの反応はどうでしたか。いきなり回答に向おうとしましたか。それとも「そう言えばそうだな」という感じでしたか。あるいは「何かどこか変だぞ」との印象でしたか。 普段、見慣れている、ボールを右手で投げる人、あるいはバットやテニスラケットで右打ちをする人、または右手で箸を持って食べる人の、たまたま鏡やドアガラス、あるいは窓ガラスに映っている姿を皆さんが見て、たしかにその像が左手で動作しているその姿に対して、面白おかしな印象を受けた経験がおありだと思います。 そこで改めて“鏡が上下でなく左右を逆転させるのはなぜか”などと質問をされると、逆転の肯定派も否定派も、両者、考え込んでしまう人が多いのではないかと思われます。 それでは一番基本的な事実がよくわかる例として、文字を鏡に映すことから始めてみます。対象は新聞紙として、図Aはその一面に印刷された横文字「ビル・ゲイツの慈善活動」と縦文字「ビル・ゲイツ」と考えてください。 したがって鏡に残ったインクの跡、つまり鏡像が、図A―2や図A―3に反映されているような、文字やその文字列を上下、あるいは左右に反転した形にはなり得ないこともわかると思います。 次に対象を両面にペンキを塗った十文字板とした場合、図B−1のような跡が残ること、さらに対象が人間のような立体的なものになった場合も図B−2のようになりますので、対象と鏡像との間では、右にあるものは右に、上にあるものは上にと、左右、上下いずれも逆転していないこともわかります。 そうするとおそらく、次のような反論が出てくると思います。天井に貼った大きな鏡、あるいは床に敷いた鏡ならば、すべてのものの上下を逆転するではないか、と。 図Cの3つのケースのうち最初の2つは、右を向いている矢印は右を、上を向いている矢印は上を向いて映っています。ところが、図C−3のように、鏡の方向へと向けた矢印は、反対に鏡からこちらの方向へと向かう矢印に、つまり反転した逆転の形で映っていることがわかります。鏡に平行な方向は逆転されず、鏡はその垂直方向である内側方向と外側方向、つまり鏡の前にあるものの前後を逆転するわけです。 それではなぜ、「鏡が上下でなく左右を逆転させるのはなぜか」のような設問が出てくるのでしょうか。それは前述の「おかしな印象」のところでもコメントしたように、鏡やドアガラス、あるいは窓ガラスに映っている人間の行動場面を見ることに起因するところが大なのです。 この脳が気を利かすわかり易い例として、この解説に入る直前に白い丸と黒い丸の図をあらかじめ見ておいていただいたわけですが、画面に顔を近づけたり遠ざけたりしている或る地点で、左の黒い丸が消えるのは眼球にある盲点のせいです。 ところが、今度は先の図の左右を置き換えて、同様に右目を閉じて左目だけで、右の黒い丸を、画面に顔を近づけたり遠ざけたりして見てください。 本来ならば、そこは見えないところですから、そのままでもいいはずです。これは脳が一生懸命に気を利かし、周りが黒地なのでそこは黒だろうと、欠けているところを補おうとするけなげな努力から生まれる結果なのです。このことはそこが黒地ではなく、赤地であろうと緑地であろうと、すべて地の色になってしまうことからも、はっきりとわかります。 画面上ではわかりにくければ、自分で紙の上に作って試してもらえれば、納得されるでしょう。地の中の丸の部分をかなり大きくしても、あるいは丸ではなく、三角や四角、さらに人物像など形の違うもの何であっても同様です。 この意味で、脳とはすばらしくよくできているということが言えます。また、普段はこのような盲点に気づきませんが、2つの目でもってそれを打ち消しているわけです。物の遠近を見分けるために目が2つあるだけではないところも、よくできていると思いませんか。 さて、当設問の背景ですが、普段見過ごしてしまいがちなことにも、常に疑問を持ち注意を払って見ているかどうか、またそれらのことにつき出題者側を納得させる明快な説明ができるかどうかをみよう、というものです。 それでは解答です。 |
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それでは、次の問題をやってみてください。 |
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ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult
of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most
creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。 |
執筆者紹介
テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)
出版
連載
新聞、雑誌インタビュー 多数
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