それでは今号の設問の解説に移ります。
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設問53 |
目の前に3つの宝石入れの箱があって、中身は見えない。その1つには高価なダイヤモンドが入っているが、あとの2つの箱には石ころしか入っていない。あなたはそのうちの1つをもらえることになった。そこであなたは1つを選んだが、その箱を開ける前に、何かの拍子で残り2つの箱のうち1つが床に落ち、中から石ころが出てきてしまった。そこであなたは最初に選んだ箱をそのまま選ぶか、それとも床に落ちなかった残りの箱に変えるか、どうしますか。 |
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もちろんこの設問は、確率上ダイヤモンドの宝石箱を当てるにはどうするか、という問題なのですが、このような場合の一般的な受け止め方としては、“ダイヤの入っている箱は3個の中の1つで、どの箱を選ぼうが最初からその確率は1/3%で不動なのだから、石ころの箱が落ちたとしても、それによって残る2つの箱の確率が変わるわけがないではないか”という直感からくる考え方です。
しかし改めてこのような設問として正式に出題されると、そこで“・・・ン? そう考えてはいけないのだろうか・・・”という疑問が頭をもたげてくるわけです。
これまでも多くの確率の問題を見てきましたが、同じような反応が見られたと思われる設問として、設問46(2人共、女の子である確率)と設問50(3枚のカードで、裏も白である確率)があります。
前者では“次に生まれた子が男か女かなど、その確率は当然2分の1の50%に決っているのに、どうして改めてそんな問題を・・・”という反応であり、後者では“残るはその裏面が黒か白の2枚のカードしかないのだから、白の確率は2分の1に決まっているではないか。それなのにどうして・・・”というものです。
これらに共通して見られるのは、直感の作用です。この2つ設問の解説を読み返していただけばわかると思いますが、普段の感覚的な思いがあまりにも大きな部分を占めているため、その直感によってついつい見逃してしまうものがあるということでした。
では、今回の設問はどうでしょうか。その直感とは「どの箱を選ぼうが最初からその確率は1/3%」とする不動の考え方です。はたして不動なのか。
ここでもしも不動ではないとするなら、結果に影響を及ぼすようなその変化は、状況面で変ったところ、つまり当初の三者択一の状況から、選ばなかった残り2つの箱のうち、1つの中身がわかったという一点だけです。
しかしここまで考えても、やはり「たまたま落ちた箱の中身がわかっても、魔法でも使わないかぎり、最初選んだ箱の確率が変わるはずがないではないか。それでも確率に変化が起こるとすると、それはどういうこと?」と、まだ疑問がくすぶり続けている方もおられるかもしれません。
しかし、状況が変わったことにより、確率が変わるのです。それは選ばなかったほうの箱の確率が変わるということです。そこで子供でも理解できるような解説を、真っ先にご披露します。
そのことは、確率を図のようなグループに分けることで、はっきりしてきます。
ここで便宜上、3つの宝石箱をA、B、Cとし、当初あなたが選んだ箱をA、落ちた箱をC、残っている箱をBだとします。
当初、それぞれの箱にダイヤの入っている確率は1/3%ですから、A=1/3%。そしてBとCの2つを一緒にしたグループから見たダイヤの当る確率は2/3%。ここでCの箱が落ちて中身が石ころとわかり、したがってCの当りの確率は0%となります。しかしグループの当る確率は依然として2/3%であることから、必然的にそのときB=2/3%になるのです。言い換えますと、グループの確率は残されたまま、Cは除外されたということです。もちろん、Bの箱が落ちてCが残っても、箱が入れ替わるだけで同じことが言えます。
これが一番単純明快にわかりやすい説明だと思いますが、もう一つ、今度は具体的にやってみます。
箱A(ダイヤ)、箱B(石ころ)、箱C(石ころ)とします。このとき選ぶ方法はA、B、Cの3種類しかありません。この最初の3つのケースごとに、次に箱を変えた場合と変えない場合の、当りはずれを見てみます。
ケース1.
最初、箱Aを選んだ場合。箱Bか箱Cが落下している。 |
変えなければ |
: 当り |
変えれば |
: はずれ |
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ケース2.
最初、箱Bを選んだ場合。箱Cが落下している。 |
変えなければ |
: はずれ |
変えればAで |
: 当り |
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ケース3.
最初、箱Cを選んだ場合。箱Bが落下している。 |
変えなければ |
: はずれ |
変えればAで |
: 当り |
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以上3つのケースのうち当りを見れば、変えなくて当りが1ケース、変えて当りが2ケース、したがって変えて当る確率は2/3%となって変えたほうがいいことになります。
それでもまだ釈然としない方は、もはや手短なところで実験で試してみるしかありません。たとえばダイヤモンドをハートのエース、石ころをジョーカー2枚というカードに仕立てて、伏せた3枚のカードのうちまず1枚を選ぶ。次に残りの2枚のうち1枚をめくったとき、それがジョーカーだったとします。これが設問と同じ状況です。
この状況が起きた回数を20回ほど試してみれば結果が出てくると思います。この状況のうち、最初に選んだ1枚がハートのエースである回数と、まだめくっていないカードがハートのエースである回数とどちらが多く起こるかを比べればわかるわけです。
その結果、まだめくっていないカードにハートのエースが出る回数のほうが多くなってくるはずです。
最初にこの設問に接したときの直感からは、その結果をなかなか連想しにくいものですが、このような確率を云々する場合、すでにベイズの定理という正式な確率論が確立されています。
このベイズの定理とは、「条件付き確率」と言って、ある事象A が起こる条件下で、別の事象Bが起こる確率を求めるときに使われるものです。この定理の数式上の3つのファクターに数値データを入れていけば、求める確率が出てくるという単純明快なものです。
設問46(2人共、女の子である確率)や設問50(3枚のカードで、裏も白である確率)、そして今回の設問の求めているものが、或る事象が起こった後での確率、つまり「条件付き確率」であるということは、その問題文からわかると思います。
この定理はイギリスの神学者トーマス・ベイズが導き出したもので、発表されたのが1763年です。日本ではまだ江戸時代の真っ只中、武士そして町民文化花盛りしころですが、弥次さん喜多さんで有名な「東海道中膝栗毛」が世に出る20年も前のことです。
今日のインターネット情報社会で、迷惑メールの発見・分類作業の自動化、犯罪捜査、マーケティング分析、アプリケーション開発、天気予報の確率値など未観測要素を含むコンピュータによる推論、他、この定理のカバーする応用分野はますます広がってきていて、その威力は増すばかりです。
神学者といい、江戸時代といい、そして今日さらにその定理が広く応用されて威力を増していることといい、そんな昔にこのような確率の定理を発表しているとは驚きです。
この定理を知っていれば、もっと複雑なケースの確率計算も簡単にできますが、面接試験では、そのような定理を使わないでも論理思考で突破できることから、当設問の背景は、あくまでも先入観に支配されることなく、特に確率の問題では直感には疑問符を付けて挑む、注意深い論理思考力を持っているかどうかを見ようというところにあります。
それでは正解です。
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