その54 仮説を立て、論理的な思考を |
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前号の宝石箱の問題では、直感として「落下しなかった2つの箱の中にダイヤがある確率はそれぞれ1/2。だから変えても変えなくても同じ」というのが通常だと思いますが、その直感は状況次第では正しいのです。 これまで、皆さんの思考がどこまで進んでいたかをあとで振り返って見ていただくために、ときには意図して設問の一部を変えたり、あるいはその号での完全な説明を少し控えて、その次の号で地頭パワーを一層増進するための詳しい解説をしたりということをしばしばやってきましたが、今回ばかりはそのような意図した形ではではなく、はからずも同じような結果をもたらすことになりました。 モンティ・ホールの問題というのは、その分野の人たちの間ではよく知られている問題で、アメリカのTVの司会者、モンティ・ホール(Monty Hall)が、そのクイズ番組(1963〜1986年、1990年〜)の中で出題したのが最初です。 今回犯した私の不手際は、設問53の中にある「・・・そこであなたは1つを選んだが、その箱を開ける前に、何かの拍子で残り2つの箱のうち1つが床に落ち、中から石ころが出てきてしまった。・・・」の表現部分のところにあり、本来はそれを「・・・そこであなたは1つを選んだが、その箱を開ける前に、残り2つの箱のうち中身に石ころの入っている箱を事前に知っている店主が故意にその箱1つを落して、・・・」というように、意図して石ころの入っている箱を落したとしなければならないということです。 では、自然落下と故意に落した場合とでは、結果の確率がどう違ってくるのか。直感からくる確率がなぜ1/2なのか。それでは次に詳しい説明へと入っていきます。 図1 それは前号のケース1における「最初にAを選んだ場合」が、図1のように独立して2つ起こり得るということです。その結果、図2のように全部でケースが4つになって、そのうち変えなくて当りが2ケース、変えて当りが2ケースとなり、どちらも同じ50%の当りの確率になるわけです。これが直感からくる1/2の由来です。
図2
ところが、この最初の2つのケースでは、残りの箱の両方ともに、はずれの石ころが入っていて、それを事前に知っている店長がそのはずれの箱を意図して落すとしたら、そのどちらかの箱を1回だけ落せばいいことになり、この場合の起こり得るケースは1つになって、全ケースでは図3のように3つになるわけです。
図3
ポイントは、「事前にはずれの箱を店長が知っていた上で、その箱を落した」という情報を知っているか知らないかなのです。したがってもしもその情報を知らなかった人が答えるとしたら、結果は50%の確率ということで、箱を変えても変えなくてもどちらでもいいという答えになり、それが正しいわけです。しかしこの設問の場合は、その情報を知った上での解答ということになりますので、正解はあくまで箱を変えたほうがいいとなるわけです。 また前号で最初に見ていただいた図4の1つの見方は、はずれの箱を事前に知っている店長が、グループの中でその「はずれ」の確率を減らしてくれた、と考えればわかると思います。 図4 しかし、このような理詰めの説明をしても、直感からくる思いなどが大きいためか、アメリカではなおも釈然としない人たちが多かったようで、遂に小中学校では実験を、そして一般ではシュミレーションをやってみるまでに発展したようです。 また自分でも実際に被験者となってやってみたい方は、http://www.grand-illusions.com/simulator/montysim.htmで試してみることができます。ここでは、箱とダイヤと石ではなく、扉とその背後にある車とヤギというモンティ・ホールのオリジナルの問題設定になっていますが、変えない場合と変えた場合をそれぞれ20回ずつ、私が試しにやってみた結果は図5のように、最初の20回だけでも正解を裏づける数値に近いものが出てきました。 図5 以上、このモンティ・ホール問題は直感では非常にわかりづらいものであることがよくわかりますが、今回設問の不備から、はからずもその辺の内容を説明させていただく機会となりました。これに関連し、前号で掲載したカード実験の話でカードをめくる人は、相手にわからないよう、事前に2枚のジョーカーの裏に印でも付けておき、どのカードがジョーカーなのかを知った上で進めることが条件であることを、この機会に訂正追加しておきます。 なお、その論理思考上、考える頭脳つくりに適した問題であることから、同型の問題が2009年4月21日、「全国学力テスト」の中、その解法の道筋を辿るような形で「中学校第3学年数学B」として出題されていることを付け加えておきます。 |
それではこの辺で、今号の解説に移ります。
この設問を最初に見た多くの皆さんは「何でビル・ゲイツがこのようにITとはまったく関係なさそうな世界の設問を出すのか」という疑問を持たれたのではないでしょうか。 それでも問題は犯人捜査の過程でよく出てくる手法、「Bがわかれば、Aがわかる」形式で解いていけば、どうにか脱税ヵ所を特定できそうな設問で、当連載ビル・ゲイツの設問の中で強いて言うならばフェルミ推定がらみの問題とでも言えるでしょうか。 そうであったら、複雑な税務問題を取り扱っている税理士の仕事そのものではないか、ということになりますが、出題はベビーシッターの斡旋業という、そこが出題者側の考慮したところだと思われます。 さて、税金とは利益に課税されるものです。利益は収入から支出を差し引いたものですから、ごまかすとしたらこの収入と支出の中の項目になります。つまりこの両者の過少あるいは過大申告の有無を調べればいいということです。 問題は収入のほうです。その額はベビーシッターを斡旋した件数、つまりその人数によって大きく違ってきます。つまり斡旋の対象となるベビーシッターは斡旋業者の社員ではありませんから、ごまかしがあるとすると主としてここら辺りになるはずです。 ではどうやって推定するか。手がかりはあくまでもベビーシッターを利用した家庭とベビーシッターからの申告です。斡旋業者はベビーシッターから登録料と紹介料を、そしてベビーシッターを利用した家庭からは規定の斡旋料やその労賃を受け取り、当のベビーシッターに規定の料金を支払うわけですが、ただそのベビーシッターはそれを利用した家庭の従業員という形で税処理されるのが欧米におけるやり方で、その家庭はベビーシッターの源泉徴収を申告し、またベビーシッターは個人の確定申告をすることになっています。 そこでこの新人のベビーシッターの多くは、斡旋業者が関わっているものと考えていいだろうということです。というのも、もちろん中には斡旋業者を通さないで、友人などの口コミを辿ってやっている場合もあるかもしれませんが、親戚や友人関係ではない外部の人間に大切な子供をあずけるということになりますと、親としては責任を持って子供の面倒を見てくれる信頼ある人物に依頼するということになります。したがって、それにはちゃんとした選抜した人を紹介してくれる斡旋業者に頼むことになるからです。 前にも述べましたように、ベビーシッターの活動地域はある程度限られていますので、特定地域で出てきた新人ベビーシッターの数をその地域にある斡旋業者の数で割ることにより、当該斡旋業者における新人ベビーシッターからの概算収入を算出して推定することができます。 ここで特に問題になるのは、新人ベビーシッターがどれくらい正直に申告しているかということです。その正直度を知ることが国税庁本来の仕事でもありますが、もしも申告していなかったら、家庭からの源泉徴収票でわかりますし、また国税庁に蓄積されたベビーシッターの過去のデータが多ければ多いほど、その内容の平均値は真に近いものになっていきますから、それらのデータ上、ベビーシッターの報酬がA%程度一般に過少申告されていることを示していれば、斡旋業者の収入をその分上積みしておけばよいことになります。 面接の応募者はベビーシッターの源泉徴収など、特定の仕組みを知らないと、正確に答えるのは難しいかもしれませんが、この出題背景としては、たとえそのことを知らなくても、あくまでも基本となる税の仕組みから順次ポイントを突いた論理的な説明ができるかどうか、その辺を見ようとするところにあります。 一見、無味乾燥で、またITとは無関係とも思われるような設問ですが、やはり論理思考過程を見るための類に属する問題として、やがて日本の面接試験でもこのような問題が出題されるようになると思われ、就職試験を控える方たちには慣れておかれることをお薦めするとともに、一般の方たちにはさらなる日本の「考える頭脳」の一翼を担い、その地頭パワーを一層促進していただくために、積極的に挑んでいただきたいと思います。 |
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それでは、次の問題をやってみてください。 |
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ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult
of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most
creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。 |
執筆者紹介
テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)
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連載
新聞、雑誌インタビュー 多数
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