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その65 需要供給上のフェルミ問題は、サービス時間が軸

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世界からのお見舞い

 マグニチュード9.0という東北関東大地震が起きたときは本稿の作成中でした。
今までの地震体験では感じたことのない大きなものであることはすぐわかりましたが、死者行方不明者は3万人近く、避難された方は30万人以上と、時間とともに次々と報道される内容には目と耳を覆いたくなるばかりで、深い痛みを覚えます。 
 ここに、無念にも尊い命を奪われた方たちには心よりそのご冥福をお祈り申し上げるとともに、甚大な被害を受けられた被災地の皆さまへは、改めてお見舞いを申し上げ、一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。

 この震災が起こってすぐ、まさに朝起き出す順にドイツやイタリヤ、イギリスやフランス、アメリカやカナダなど多くの友人や知人たちから、こちらの安否を気遣うとともに、被災地の皆さんへのお見舞いを伝えるメールが次々と寄せられました。まさに「世界は一つ」の実感を深めた時でした。
 その後のメールで、彼らの多くは各国の支援募金活動に寄付していることもわかりました。

 また原発事故が起きたあとで、東京で働いている息子さんが、日本人の奥さんとともにイギリスの実家に避難してきたとのメールももらいました。「息子はguilty、つまり多くの人が苦しんでいるのに自分たちだけが抜け出してきたことに対するうしろめたさを感じているようで、精神的にもすごく疲れていた様子だったので、とにかくまず今はゆっくり休めと寝かせたところだ」という内容とともに、やはり日本の皆さんにさらなる大事が起こらないことをただひたすら祈っているというメールです。

 電力会社や原子力安全・保安院、そして政府のオブラートに包んだような現状の発表ごとに、多くの外国人たちの間に不信感が広がっていったようですが、3月14日、東京の外国人記者クラブにおいて開かれた、福島第一原発のメーカー設計者によるわかり易くて、しかもありのままの現状を伝える説明会がきっかけとなって、多くの外国人たちによる日本脱出が始まっていったようです。

 事故があったとしても将来を考えれば、炭酸ガスも出さないエネルギー効率のいい原発は必要なものだと思いますが、それにしても津波に襲われやすいリアス式海岸沿いにある女川原発は無事で、直線海岸沿いにある福島原発がやられてしまった背景には何があるのでしょうか。

 原子炉そのものをどんなに頑丈強固に作ったとしても、それをコントロールする肝心の電源が入らず、すべてにおいて制御不能な状態へと陥ってしまっては、本末転倒そのものでしかありません。 
 炉心などを冷やすのに3系統があったようですが、そのうち非常用として2つあるディーゼル発電機は、まったく同じ仕様の設計で、まったく同じ環境に設置されていたため、どんなにフェイルセーフとして2つあるといっても、通常電源はおろか、今回のような事故に対してはまったく1つしかないのと同じ状態です。

 当初、企業ベースに乗りにくいということであったのかもしれませんが、しかし事故が起こったときの広範囲におよぶ甚大な損害とくらべれば、その必要経費は何万分の一、あるいはもっとかもしれません。。
 2つある非常用のディーゼル発電機の1つでも、燃料タンクとともにコンクリート上の高い位置に、そしてまたできれば内陸側に設置していれば、このような事故も未然に防げたと残念に思えてならないのは、素人ゆえの私だけでしょうか。

 大事なことゆえに、今回の災害関係に少々スペースを取ってしまいましたが、この辺でいつもの連載内容に入ってまいります。
 前問の新車耐久走行テストの設問は、2台の車の間で、一見、速く進むペースと遅く進むペースで相殺されるように思われがちな問題でしたが、直感のような形で頭の中に思い浮かぶものと違って、実際にはそうならないことがおわかりいただけたことと思います。そしてわずかな差がその違いを生み出していることを、その検証のところで見ていただきました。
 やはりその背景には冷静な判断力の有無と、論理的な思考力が求められる問題でしたが、では、今号のポイントはどんなところを見ようとしているのでしょうか。
 
 それでは解説に入ります。

問題 設問65 理髪店は日本に何軒あるでしょう。
ハサミとすきバサミ バーバーボール

 この連載シリーズを当初からお読みいただいている皆さんや、日経BP社から出版された拙著「成功者の地頭力パズル」の読者の皆さんならば、本題のような設問に接しても、もはや戸惑ったり、あわてたりということはないと思います。
 しかし、まったく初めてという方たちにとっては、一見、まったくとらえどころのないと思われる数値など一介の面接者にわかるはずがないではないかと、その荒唐無稽とも思われる問題が本当に面接試験で出題されるのか、強い疑念を持たれることは間違いないと思います。

 そこでこのような問題に接するのは初めてという方たちには、まず当連載その18の設問、「世界中にピアノの調律師は何人いるでしょう」欄、および連載その19の冒頭部に記述したフェルミ問題やフェルミ推定に関連する説明部分を読んでいただくことにより、その出題意図や背景などの詳細をご理解いただけれると思います。
 この設問18をはじめ、設問42の「ニューオリンズ地区を流れるミシシッピー川の1時間当たりの流水量はどれだけか」や、設問58の「アメリカにガソリン・スタンドは、何軒あるか」のような設問は、フェルミ推定の問題として、その解答に正確な数値を求めるものではなく、どのように概算値を推定していくかその思考過程を見ようとするもので、そこが出題者側の意図しているところだということです。

 では本題に入ります。 Aはわからないが、BとCがわかっていれば、Aの概算値がわかる。またBはわからないが、DがわかればBの概算値もわかる。したがってそのときCとDがわかっていれば、Aの概算値を求めることができるという具合に、内容をいくつかの要素に分解し、順次その中身を仮定で推定しながら最終結論にもっていくという方法がフェルミ推定の基本的な解き方ですが、このときに重要なのは、その結論を出すときに「軸を何にするか」です。

 ピアノの調律師やガソリンスタンドの設問では、需要と供給のバランスという観点から他のどんな方法よりも「必要なサービス時間を軸にする」ことで解答へとスムーズな展開ができました。またミシシッピー川流量の設問では、上流に降る雨量を軸にするよりも、ダイレクトな仮説として「地理上の物理的なサイズを軸」にしました。

理髪店の入り口

 では、本題の理髪店の設問では何を軸にしたらいいか。これは需要と供給の前例から「必要なサービス時間」を軸にすればよいことがわかります。そしてガソリンスタンドの例をそっくりそのまま応用できそうです。そこでは乗用車1台当りに必要な給油サービス時間を仮定し、そこから乗用車全体で必要とされる給油時間を算出、その後でそれに対応できるだけのスタンド数を割り出すというものでした。
 その方法を当設問に応用すれば、1人当りに必要な理髪サービス時間の仮定から、理髪者全体で必要とされる理髪時間を算出し、それに対応できる理髪師の数を割り出し、最終的に理髪店数を推定するということになります。

バリカン

 すると、需要側として理髪対象者がどれくらいいて、どれくらいの頻度で理髪をするかが出発点になるということです。
 この理髪店とは、法律用語で理容院と呼ばれていますが、いわゆる通称で言う「床屋」あるいは「散髪屋」を意味し、男性専科のお店です。したがって需要の対象としては男性利用客を考えることになります。また、理髪に携わる技術者を法律上、理容師と言っていますが、当欄では設問のいきがかり上、理髪店や理髪師の名前で進めます。

 まず需要のベースとして考える出発点は、日本の人口です。その数、おおよそ1億3000万人という数字は、このようなフェルミ推定において常識として知っていなければならない値です。
 その中で対象者となる男性の数は、その約半分の6500万人。この中で20%くらいが、幼児やお年寄り、また自家独自で理髪を済ませてしまう人だと見積もれば、それを除いた実際の理髪対象者は6500x80%=5200万人、きりのよいところで5000万人とします。
 次にその理髪頻度ですが、各個人でばらつきはあるものの、おおよその男性は平均1ヶ月に1回と仮定し、毎月5000万人の理髪サービスが必要になります。

理髪店の光景1

 一方、理髪店で働く理髪師のサービス時間を考えますと、理髪師1人が1人のお客に割く時間をおおよそ1時間とすると1日8時間労働で8人のサービスができます。
 次に理髪店の多くは会社組織というよりも個人業が主であることから、週休は1日と考え、1ヶ月の労働日を平均25日として1人の理髪師で、8x25=200人の理髪サービスができる計算になります。したがって、毎月5000万人の需要量をさばく理髪師は5000÷200=25万人が必要となります。

理髪店の光景2

 さて、今度は25万人の理髪師が働く理髪店の数ですが、それは1店舗当りの理髪師の数がわかれば算出できます。都市の人口の集中する市街地では5〜10人の理髪師でやっている店もあれば、一方、人口の少ない田舎の理髪店では、夫婦あるいはどちらか1人で営業しているところもあります。
 ここで5000万人の総需要を、人口の集中する市街地と人口の少ない田舎とに分けて進める手も考えられますが、そのベースとなる日本の市街地の数やそこでの人口を推定することなど、何人も困難だと思われます。

 もともとフェルミ問題は、誤差が生じるのは承知の上ですが、中身の分解が細かになっていくほどそこで仮定した数値は最終的に大きな影響を与えることから、細かに分解したがためにかえって誤差を大きくしてしまう結果を招くことがあります。
 フェルミ問題はその思考過程を大切にして見ていこうというものです。したがってその分解は必要最小限に留め、むしろ大切な「こうだからこう考えた」と、その考え方をしっかり示すことに意を注ぐ
ことにします。

 そこで市街地、田舎と全部一緒にして日本全体という観点から、おおよその見当として1店舗当り2人と仮定して進めると、その結果、5000÷(2x200)=12.5万店舗という値が得られます。
 しかしこれは間断なく理髪をしている状態で、実際には多くの理髪店にお客のいない時間帯がある光景もよく見かけます。したがってその1割程度を余分にみて、14万店舗というところで手を打つことにします。

 当設問の背景は、フェルミ推定の問題として受験者の論理思考プロセスを見ようというものです。

 それでは解答です。



正解 正解65 理髪店を利用する男性社会の需要と供給の問題として、その「必要なサービス時間」を推定することにより、求める数値を出すことにする。まず日本の男性人口は全人口1億3000万人の半分として6500万人。そのうち幼児やお年寄り、また自家独自で理髪を済ませてしまう人など、おおよそ20%は需要外だとすれば、実際の理髪対象者は6500x80%=5200万人の約5000万人と推定。彼らは平均1ヶ月に1回理髪店に行くとすれば、毎月5000万人の理髪サービスが必要になる。一方、理髪師1人が1人のお客に割く時間をおおよそ1時間とすると、1日8時間労働として8人のサービスができる。理髪店の多くは個人業が主であることから、週休は1日と考え、1ヶ月の労働日を平均25日とすると、1人の理髪師で1ヶ月8x25=200人の理髪サービスができる計算になる。したがって、毎月5000万人の需要量をさばくのに必要な理髪師は5000÷200=25万人が必要となる。市街地などでは5〜6人の理髪師が働くところもあるが、大部分の理髪店は夫婦など2人で営業していると推定すれば、結果、5000÷(2x200)=12.5万店舗という値が得られる。しかしこれは間断なく理髪をしている状態であり、実際に理髪店にお客のいない時間帯がある光景などを考慮すれば、その1割程度を余分にみて、14万店舗という結果を得る。

 実際、厚生労働省の統計によると、2007年における理容師(床屋さん、理髪師)の数は24.6万人と出ていて、推定した25万人という値は非常にいい線をいっています。また理髪店の数は、全国理容生活衛生同業組合連合会のデータによれば、1990年代半ばより2007年まで14万軒前後で推移しているようで、これもまたいい線をいっていることになり、当初、皆目検討もつかないような問題であっても、フェルミ推定することにより、おおむね該当する数値が得られることがわかります。
理髪店 美容院

 ちなみに理容院は男性用で、美容院は女性用といった見方をしている皆さんもあるかと思われますが、実は男女の違いではなく、法律によって業務範囲が示されているということです。  
 それによれば、理容とは頭髪の刈り込みやカット、シェービングやそれに付随することなどで容姿を整えることであり、美容とは化粧、結髪、パーマなどにより容姿を美しくすることとなっています。
 昭和23年に理容と美容が一緒の法律「理容師法」が作られ、時代の要請とともに、昭和32年にそれぞれ単独の法律「理容師法」「美容師法」に分かれたようです。

 それでは次の問題をやってみてください。


問題 設問66 表が白でその裏が黒のカードが、テーブルの上に何枚か置かれている。あなたは目隠しをされていて、一切それを見ることはできないが、お手伝いさんがそばについている。そしてお手伝いさんから、カードは全部で何枚あるかわからないが、そこには30枚は白の表が出ている、と告げられる。次にそれらのカードをその状態のまま2つのグループに分け、それぞれのグループに同じ数だけの白色の表が含まれるようにしなければならないと告げられたら、どんな方法を伝えますか。もちろんお手伝いさんが自分の目で見て、両グループに同じ枚数の白の表カードを出すようなことはしてくれません。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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